風姿花伝 / 第二 物学条々
これまた大事なり凡そもとより俗の身なればやすかりぬべき事なれどもふしぎに能の位あがらねば直面は見られぬものなり先づこれは仮令その物その物によりて学ばむこと是非なし面色をば似すべき道理もなきを常の貌に変へて貌気色をつくろふことありさらに見られぬものなりふるまひ風情をばその物に似すべし貌気色をばいかにもいかにもおのれなりにつくろはですぐにもつべし
書き下し
これまた大事なり。凡そもとより俗の身なれば、やすかりぬべき事なれども、ふしぎに能の位あがらねば、直面は見られぬものなり。先づこれは、仮令その物その物によりて学ばむこと是非なし。面色をば似すべき道理もなきを、常の貌に変へて貌気色をつくろふことあり、さらに見られぬものなり。ふるまひ風情をば、その物に似すべし。貌気色をば、いかにもいかにもおのれなりに、つくろはですぐにもつべし。
現代語訳
これもまた大事である。おおよそ直面(面をつけない素顔の演技)は、もともと自分自身の俗人の身であるから容易なはずだが、不思議なもので、芸位が上がらないと素顔の演技は見られたものにならない。まずこれは、その演じる人物ごとに応じて学ぶよりほかない。顔かたちそのものを似せられる道理はないのに、普段の顔を変えて表情をつくろおうとすることがあるが、それはまったく見られたものではない。ふるまいや趣は、その人物に似せるべきである。しかし顔つき・表情は、どこまでも自分の地のままに、つくろわずまっすぐに保つべきである。
解説
直面(ひためん・面をつけない素顔の演技)の心得です。素顔なので容易に思えますが、芸位が上がらないと見られたものにならないと世阿弥は言います。要点は、顔かたちは変えられないのだから、無理に表情をつくろってはならず、ふるまいや風情でその人物に似せ、顔つきは自分の地のまま自然に保て、というものです。面に頼らず内面と所作で役を立ち上げる、写実の難所を示す一節です。『風姿花伝』第二篇の役別条々の一つで、後の物狂の項でも直面との兼ね合いが説かれます。現代でも、飾り立てた演出より自然体でこそ真実味が生まれる場面は多く、作為を排して本質を伝える難しさに通じます。
この章句が説くこと
直面素顔の演技貌気色風情芸位写実
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