風姿花伝 / 第二 物学条々
凡そこの物まねは鬼かかりなりなにとなく怒れるよそほひあれば神体によりて鬼がかりにならんもくるしかるまじ但しはたと変れる本意あり神は舞かかりの風情によろし鬼には更に舞かかりのたよりあるまじ神をばいかにも神体によろしきやうにいでたちて気たかく殊更出物ならでは神といふことはあるまじければ衣裳をかざりて衣文をつくろひてすべし
書き下し
凡そこの物まねは、鬼かかりなり。なにとなく怒れるよそほひあれば、神体によりて鬼がかりにならんも、くるしかるまじ。但し、はたと変れる本意あり。神は舞かかりの風情によろし。鬼には更に舞かかりのたよりあるまじ。神をば、いかにも神体によろしきやうにいでたちて、気たかく、殊更出物ならでは神といふことはあるまじければ、衣裳をかざりて、衣文をつくろひてすべし。
現代語訳
おおよそこの神の物まねは、鬼の演技に近い。どことなく怒った装いがあるので、神の姿柄によっては鬼がかりの演じ方になっても差し支えないだろう。ただし、鬼とはきっぱり異なる本意がある。神は舞のような風情がふさわしい。鬼にはおよそ舞のような趣は縁がない。神を演じるには、いかにも神の姿にふさわしく装い、気高く演じるべきで、とりわけ晴れの登場でなければ神という役はありえないから、衣裳を美しく飾り、衣文(着付けの襟や裾の整え)をつくろって演じるべきである。
解説
神の役を説く一節です。神の物まねは怒った装いを含むため鬼の演技に近いとしつつ、決定的な違いは「神は舞のような風情がふさわしく、鬼には舞の趣は縁がない」点だと世阿弥は説きます。神を演じるには気高く装い、晴れがましい登場でこそ神たりうるので、衣裳を美しく飾り衣文を整えよと具体的に述べます。直前の鬼・修羅と対比しながら、荒々しさの中にも神ならではの気高さと舞の優美さを求める内容です。現代でも、威厳や神聖さを表すには力強さだけでなく端正さや所作の格が要ります。同じ「強さ」でも対象によって表現を変える、細やかな使い分けの感覚を教えてくれます。
この章句が説くこと
神鬼かかり舞かかり神体出物衣裳
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