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風姿花伝 / 第一 年来稽古条々

この年の比よりは早やうやう声も調子にかかり能も心づく比なれば次第次第に物数をも教ふべし先づ童形なればなにとしたるも幽玄なり声もたつ比なりこのたよりあればわるき事はかくれよき事はいよいよ花めけり大方児の申楽にさのみにこまかなる物まねなどはせさすべからず当座も似合はず能もあがらぬ相なり但し堪能になりぬればなにとしたるもよかるべし児といひ声といひしかも上手ならばなにかはわるかるべきさりながらこの花はまことの花にはあらずただ時分の花なりさればこの時分の稽古すべてすべてやすきなりさるほどに一期の能の定めにはなるまじきなりこの比の稽古やすき所を花にあててわざをば大事にすべしはたらきをもたしやかに音曲をも文字にさいさいとあたり舞をも手を定めて大事にして稽古すべし

書き下し

この年の比よりは、早やうやう声も調子にかかり、能も心づく比なれば、次第次第に物数をも教ふべし。先づ童形なれば、なにとしたるも幽玄なり。声もたつ比なり。このたよりあれば、わるき事はかくれ、よき事はいよいよ花めけり。大方児の申楽に、さのみにこまかなる物まねなどはせさすべからず。当座も似合はず、能もあがらぬ相なり。但し堪能になりぬれば、なにとしたるもよかるべし。児といひ声といひ、しかも上手ならば、なにかはわるかるべき。さりながら、この花はまことの花にはあらず、ただ時分の花なり。されば、この時分の稽古、すべてすべてやすきなり。さるほどに、一期の能の定めにはなるまじきなり。この比の稽古、やすき所を花にあてて、わざをば大事にすべし。はたらきをもたしやかに、音曲をも文字にさいさいとあたり、舞をも手を定めて、大事にして稽古すべし。

現代語訳

十二、三歳の頃からは、だんだん声も調子に乗り、能も理解できるようになる頃なので、順を追って演目・芸の数を教えていくとよい。まず子どもの姿だから、何をやっても幽玄(優美)に見える。声も伸びる時期である。この有利さがあるので、悪い所は隠れ、良い所はいよいよ花やかに映える。だいたい子どもの申楽には、あまり細かい物真似などはさせてはならない。その場にも似つかわしくなく、能も上達しない相である。ただし芸達者になれば、何をやってもよいだろう。子どもであり声もよく、しかも上手なら、何が悪かろうか。しかしこの花は本物の花ではなく、ただ年齢ゆえの一時の花(時分の花)である。だからこの時期の稽古はすべて容易である。それゆえ一生の能の基準にはならない。この頃の稽古は、容易にできる所を花と心得て、技をこそ大切にすべきだ。立ち働きも確かに、謡も文字に忠実に丁寧にあたり、舞も型を定めて、大事に稽古すべきである。

解説

十二・三歳頃の稽古論です。この年頃は声も伸び、容姿も愛らしく、何をしても幽玄に見えて欠点も隠れます。しかしそれは年齢ゆえの「時分の花」であって本物ではない、と世阿弥は説きます。だから容易さに慢心せず、謡・型・舞の基礎をこそ大事に稽古せよと戒めます。ここで示される「時分の花」と「まことの花」の対比は、『風姿花伝』全体を貫く核心概念で、本条で初めて提示されます。現代でも、若さや初期の勢いで得た高評価を実力そのものと取り違えず、地道な基礎固めに徹する姿勢の大切さを教えてくれる一節です。

この章句が説くこと

十二三歳時分の花まことの花幽玄基礎稽古童形

この一句を、あなたの毎日に。

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