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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第7段

然るに我輩が古今和漢の道徳論者に向かって不平なるは、その教えの主義として第一に私徳公徳の区別を立てざるにあり。第二には、仮令え不言の間に自ずから区別する所ありとするも、その教えの方法に前後本末を明言せずして、時としては私徳を説き、また時としては公徳を勧め、いずれか前、いずれか後なるを明らかにせざるがために、後進の学者をして方向を誤らしむるにあり。然かのみならず、その教えの主義たるや、ややもすれば政治論に混同して重きを政治に置き、これに関する徳義は固より公徳なるが故に、かえって私徳を後にして公徳を先にするものさえなきにあらず。例えば忠義正直というが如き、政治上の美徳にして、甚だ大切なるものなれども、人に教うるに先ずこの公徳を以てして、居家の私徳を等閑にするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証する能わざるものなり。 そもそも一国の社会を維持して繁栄幸福を求めんとするには、その社会の公衆に公徳なかるべからず。その公徳をして堅固ならしめんとするには、根本を私徳の発育に取らざるべからず。即ち国の本は家にあり。良家の集まる者は良国にして、国力の由って以て発生する源は、単に家にあって存すること、更に疑うべきにあらず。然り而してその家の私徳なるものは、親子・兄弟姉妹、団欒として相親しみ、父母は慈愛厚くして子は孝心深く、兄弟姉妹相助けて以て父母の心身の労を軽くする等の箇条にして、能くこの私徳を発達せしむるその原因は、家族の起源たる夫婦の間に薫ずる親愛恭敬の美にあらざるはなし。

書き下し

然るに我輩が古今和漢の道徳論者に向かって不平なるは、その教えの主義として第一に私徳公徳の区別を立てざるにあり。第二には、仮令え不言の間に自ずから区別する所ありとするも、その教えの方法に前後本末を明言せずして、時としては私徳を説き、また時としては公徳を勧め、いずれか前、いずれか後なるを明らかにせざるがために、後進の学者をして方向を誤らしむるにあり。然かのみならず、その教えの主義たるや、ややもすれば政治論に混同して重きを政治に置き、これに関する徳義は固より公徳なるが故に、かえって私徳を後にして公徳を先にするものさえなきにあらず。例えば忠義正直というが如き、政治上の美徳にして、甚だ大切なるものなれども、人に教うるに先ずこの公徳を以てして、居家の私徳を等閑にするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証する能わざるものなり。 そもそも一国の社会を維持して繁栄幸福を求めんとするには、その社会の公衆に公徳なかるべからず。その公徳をして堅固ならしめんとするには、根本を私徳の発育に取らざるべからず。即ち国の本は家にあり。良家の集まる者は良国にして、国力の由って以て発生する源は、単に家にあって存すること、更に疑うべきにあらず。然り而してその家の私徳なるものは、親子・兄弟姉妹、団欒として相親しみ、父母は慈愛厚くして子は孝心深く、兄弟姉妹相助けて以て父母の心身の労を軽くする等の箇条にして、能くこの私徳を発達せしむるその原因は、家族の起源たる夫婦の間に薫ずる親愛恭敬の美にあらざるはなし。

現代語訳

ところが我々が古今和漢の道徳論者に対して不満なのは、その教えの主義として第一に私徳と公徳の区別を立てないことにある。第二には、たとえ言わずとも自然に区別するところがあるとしても、その教えの方法に前後・本末を明言せず、ときには私徳を説き、またときには公徳を勧めて、どちらが先でどちらが後かを明らかにしないために、後進の学者に方向を誤らせることにある。そればかりか、その教えの主義は、ともすれば政治論に混同して重きを政治に置き、これに関する徳義はもとより公徳であるから、かえって私徳を後にして公徳を先にするものさえないわけではない。たとえば忠義・正直というようなものは、政治上の美徳として非常に大切なものだが、人に教えるのにまずこの公徳をもってして、家庭の私徳をなおざりにすれば、いわば根本の浅い公徳であって、我々はその動揺しないことを保証できない。 そもそも一国の社会を維持して繁栄幸福を求めるには、その社会の公衆に公徳がなくてはならない。その公徳を堅固にするには、根本を私徳の育成に取らなければならない。つまり国の本は家にある。良い家が集まれば良い国であり、国力の生じるもとが単に家にあることは、さらに疑うべくもない。そしてその家の私徳というものは、親子・兄弟姉妹が団欒して睦まじく、父母は慈愛が厚く子は孝心が深く、兄弟姉妹が助け合って父母の心身の労を軽くするなどの箇条であり、この私徳をよく発達させるその原因は、家族の起源である夫婦の間に薫る親愛恭敬の美にないものはない。

解説

福沢は、古今和漢の道徳論者が公徳と私徳の区別を立てず、前後も明らかにしないまま、政治に偏って公徳を先にしがちだと不満を述べます。国の本は家にあり、良家の集まりが良国という主張です。公を先にした教えは根が浅く動揺しやすい、という指摘は、理念研修だけで行動が変わらない企業の現実とも重なります。国家と家庭を直結させる論法には、時代性も感じられます。

この章句が説くこと

道徳論者への不満私徳と公徳根本の浅い公徳国の本は家良家親愛恭敬の美

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