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福翁自伝 / 始めて亜米利加に渡る・布哇寄港

祝砲と共に目出度桑港を出帆して、今度は布哇寄港と定まり、水夫は二、三人亜米利加から連れて来たけれども、甲比丹ブルックは居らず、本当の日本人ばかりで、何やら斯うやら布哇を捜出して、其処へ寄港して三、四日逗留した。逗留中、布哇の風俗に就ては物珍しく云う程の要用はないだろう、と思うのは、三十年前の布哇も今も変たことはなかろう、その土人の風俗は汚ない有様で、一見蛮民と云うより外仕方がない。王様にも遇うたが、是れも国王陛下と云えば大層なようだけれども、其処へ行て見れば驚く程の事はない。夫婦連で出て来て、国王は只羅紗の服を着て居ると云う位な事、家も日本で云えば中位の西洋造り、宝物を見せると云うから何かと思たら、鳥の羽で拵えた敷物を持て来て、是れが一番のお宝物だと云う。あれが皇弟か、その皇弟が笊を提げて買物に行くような訳けで、マア村の漁師の親方ぐらいの者であった。

書き下し

祝砲と共に目出度桑港を出帆して、今度は布哇寄港と定まり、水夫は二、三人亜米利加から連れて来たけれども、甲比丹ブルックは居らず、本当の日本人ばかりで、何やら斯うやら布哇を捜出して、其処へ寄港して三、四日逗留した。逗留中、布哇の風俗に就ては物珍しく云う程の要用はないだろう、と思うのは、三十年前の布哇も今も変たことはなかろう、その土人の風俗は汚ない有様で、一見蛮民と云うより外仕方がない。王様にも遇うたが、是れも国王陛下と云えば大層なようだけれども、其処へ行て見れば驚く程の事はない。夫婦連で出て来て、国王は只羅紗の服を着て居ると云う位な事、家も日本で云えば中位の西洋造り、宝物を見せると云うから何かと思たら、鳥の羽で拵えた敷物を持て来て、是れが一番のお宝物だと云う。あれが皇弟か、その皇弟が笊を提げて買物に行くような訳けで、マア村の漁師の親方ぐらいの者であった。

現代語訳

祝砲とともにめでたくサンフランシスコを出帆し、今度はハワイに寄港と決まりました。水夫は二、三人アメリカから連れてきましたが、ブルック艦長はおらず、本当の日本人ばかりで、どうにかこうにかハワイを探し出して、そこに寄港し、三、四日逗留しました。逗留中、ハワイの風俗については、珍しがって語るほどの必要もないでしょう。というのは、三十年前のハワイも今も変わりはないでしょうから。その土人の風俗は汚い有様で、一見して蛮民というほかしかたがありません。国王にも会いましたが、国王陛下といえば大層なようでも、そこへ行って見れば驚くほどのことはありません。夫婦連れで出てきて、国王はただ羅紗の服を着ているというくらい、家も日本でいえば中くらいの西洋造りでした。宝物を見せるというので、何かと思ったら、鳥の羽で作った敷物を持ってきて、これが一番のお宝だと言います。あれが皇弟だというので見れば、その皇弟が笊を提げて買い物に行くという有様で、まあ村の漁師の親方ぐらいの者でした。

解説

帰路のハワイ寄港では、日本人だけで航海を成し遂げた自信が、国王への辛口な観察に表れています。往路ではブルック艦長に頼らず測量し、帰路は艦長がもういない状態で、日本人だけでハワイを探し出して寄港しました。その直後に、土人の風俗は汚く蛮民というほかないといった、今日では不適切な表現が出てきます。これは明治三十年代の語りに残る偏見であり、そのまま採るべきではありません。読み取るべきは、威厳が見かけの服や宝ではなく中身で測られるという感覚で、また当時の日本人が、世界を序列で見る目をすでに持っていたという時代の限界です。

この章句が説くこと

ハワイ寄港国王日本人だけの航海偏見時代の限界

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