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福翁自伝 / 始めて亜米利加に渡る・米国人の歓迎祝砲(1)

海上恙なく桑港に着た。着くやいなや土地の重立たる人々は船まで来て祝意を表し、之を歓迎の始めとして、陸上の見物人は黒山の如し。次で陸から祝砲を打つと云うことになって、彼方から打てば咸臨丸から応砲せねばならぬと、この事に就て一奇談がある。勝麟太郎と云う人は艦長木村の次に居て指揮官であるが、至極船に弱い人で、航海中は病人同様、自分の部屋の外に出ることは出来なかったが、着港になれば指揮官の職として万端差図する中に、彼の祝砲の事が起た。所で勝の説に、ソレは迚も出来る事でない、ナマジ応砲などして遣り傷うよりも此方は打たぬ方が宜いと云う。爾うすると運用方の佐々倉桐太郎は、イヤ打てないことはない、乃公が打て見せる。「馬鹿云え、貴様達に出来たら乃公の首を遣ると冷かされて、佐々倉はいよ/\承知しない。何でも応砲して見せると云うので、夫れから水夫共を差図して大砲の掃除、火薬の用意して、砂時計を以て時を計り、物の見事に応砲が出来た。サア佐々倉が威張り出した。首尾克く出来たから勝の首は乃公の物だ。併し航海中、用も多いから暫く彼の首を当人に預けて置くと云て、大に船中を笑わした事がある。兎も角もマア祝砲だけは立派に出来た。

書き下し

海上恙なく桑港に着た。着くやいなや土地の重立たる人々は船まで来て祝意を表し、之を歓迎の始めとして、陸上の見物人は黒山の如し。次で陸から祝砲を打つと云うことになって、彼方から打てば咸臨丸から応砲せねばならぬと、この事に就て一奇談がある。勝麟太郎と云う人は艦長木村の次に居て指揮官であるが、至極船に弱い人で、航海中は病人同様、自分の部屋の外に出ることは出来なかったが、着港になれば指揮官の職として万端差図する中に、彼の祝砲の事が起た。所で勝の説に、ソレは迚も出来る事でない、ナマジ応砲などして遣り傷うよりも此方は打たぬ方が宜いと云う。爾うすると運用方の佐々倉桐太郎は、イヤ打てないことはない、乃公が打て見せる。「馬鹿云え、貴様達に出来たら乃公の首を遣ると冷かされて、佐々倉はいよ/\承知しない。何でも応砲して見せると云うので、夫れから水夫共を差図して大砲の掃除、火薬の用意して、砂時計を以て時を計り、物の見事に応砲が出来た。サア佐々倉が威張り出した。首尾克く出来たから勝の首は乃公の物だ。併し航海中、用も多いから暫く彼の首を当人に預けて置くと云て、大に船中を笑わした事がある。兎も角もマア祝砲だけは立派に出来た。

現代語訳

海上は何事もなくサンフランシスコに着きました。着くやいなや、土地の主だった人々が船まで来て祝意を表し、これを歓迎の始めとして、陸上の見物人は黒山のようでした。次に陸から祝砲を打つということになり、向こうから打てば咸臨丸から応砲しなければならないというので、これについて一つの奇談があります。勝麟太郎という人は艦長木村の次にいる指揮官ですが、たいへん船に弱い人で、航海中は病人同様、自分の部屋の外に出ることはできませんでした。しかし着港となれば、指揮官の職としてあらゆることを指図する中で、あの祝砲のことが起こりました。そこで勝の説は、それはとてもできることではない、下手に応砲などして恥をかくよりも、こちらは打たないほうがよいというものでした。すると運用方の佐々倉桐太郎が、「いや、打てないことはない、おれが打って見せる」と言い、「馬鹿を言え、貴様たちにできたらおれの首をやる」とからかわれて、佐々倉はいよいよ承知しません。何でも応砲して見せると言って、水夫たちを指図して大砲の掃除、火薬の用意をし、砂時計で時を計って、見事に応砲ができました。さあ佐々倉が威張り出しました。「首尾よくできたから、勝の首はおれのものだ。しかし航海中は用事も多いから、しばらくあの首を本人に預けておく」と言って、大いに船中を笑わせたことがあります。ともかくも、祝砲だけは立派にできました。

解説

祝砲に応砲するという外交儀礼を、咸臨丸は見事に果たしました。面白いのは、指揮官の勝麟太郎が無理だと言い、運用方の佐々倉桐太郎が反発して実現した経緯です。勝は船酔いで寝込んでいたため、現場の状況が見えていなかった可能性もあります。賭けの形で意地を引き出され、佐々倉は準備を尽くして成功させ、首は預けておくと笑いに変えました。失敗を恐れる上司と、やれると言い切る現場の対比は、今の組織にも見られます。結果が出たあとの冗談一つで場の空気が和らぐ点も、学べるところです。

この章句が説くこと

祝砲応砲勝麟太郎佐々倉桐太郎現場賭け

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