風憲忠告 / 全節苐十
人之有死,猶晝之必夜,暑之必寒,古今常理,不足深訝。苐為子死於孝,為臣死於忠,則其為死也大,身雖沒,而名不沒焉。太史公謂「死有重於泰山,有輕於鴻毛」,非其義則不死,所謂「重於泰山」者,如其義則一切無所顧,所謂「輕於鴻毛」也。嗚呼,夫人以眇焉之身,倏耳之年,使之嵩華聳而星日揭者,非節義能尓耶。况人之貴賤壽夭,天所素定,而謂「附此人則得官,違此人則失官,言事則身危,不言則身无所患」,此世俗無知者所見,士君子豈以是為取舍哉?然正直亦有時而被禍者,君子以為不幸;奸邪亦有時而蒙福者,君子以為幸。一以為幸,一以為不幸,則其是非榮辱,不待別而可知矣。故節義者,天下之大閑,臣子之盛德,不蕩於富貴,不蹙於貧賤,不搖於威武,道之所在,死生以之。彼依阿淟涊,枉已徇人者,所謂無関得喪,徒缺雅道。政使獲榮寵於一時,迨夫勢移事易,其前日之榮,電滅風休,漠無蹤跡。其昭昭在人耳目者,奸佞之名,千古猶一日,其為辱也,庸有既乎?嗚呼,寧為此而死,不為彼而生。以是處心,庶無愧於古人矣。
新字:人之有死,猶昼之必夜,暑之必寒,古今常理,不足深訝。苐為子死於孝,為臣死於忠,則其為死也大,身雖没,而名不没焉。太史公謂「死有重於泰山,有軽於鴻毛」,非其義則不死,所謂「重於泰山」者,如其義則一切無所顧,所謂「軽於鴻毛」也。嗚呼,夫人以眇焉之身,倏耳之年,使之嵩華聳而星日掲者,非節義能尓耶。况人之貴賤寿夭,天所素定,而謂「附此人則得官,違此人則失官,言事則身危,不言則身无所患」,此世俗無知者所見,士君子豈以是為取舎哉?然正直亦有時而被禍者,君子以為不幸;奸邪亦有時而蒙福者,君子以為幸。一以為幸,一以為不幸,則其是非栄辱,不待別而可知矣。故節義者,天下之大閑,臣子之盛徳,不蕩於富貴,不蹙於貧賤,不揺於威武,道之所在,死生以之。彼依阿淟涊,枉已徇人者,所謂無関得喪,徒欠雅道。政使獲栄寵於一時,迨夫勢移事易,其前日之栄,電滅風休,漠無蹤跡。其昭昭在人耳目者,奸佞之名,千古猶一日,其為辱也,庸有既乎?嗚呼,寧為此而死,不為彼而生。以是処心,庶無愧於古人矣。
書き下し
人の死有るは、猶お晝(ひる)の必ず夜あり、暑の必ず寒あるがごとし、古今の常理、深く訝(いぶか)るに足らず。苐(ただ)子と為りて孝に死し、臣と為りて忠に死せば、則ち其の死為るや大なり、身は沒すと雖も、名は沒せず。太史公謂う「死に泰山より重き有り、鴻毛より輕き有り」と。其の義に非ざれば則ち死せざる、所謂「泰山より重し」とは、其の義の如くんば則ち一切顧みる所無き、所謂「鴻毛より輕し」なり。嗚呼、夫れ人眇焉(びょうえん)たる身、倏耳(しゅくじ)たる年を以て、これをして嵩華(すうか)聳(そび)えて星日(せいじつ)揭(かか)げしむる者は、節義能くしかるに非ずや。况んや人の貴賤壽夭は、天の素(もと)より定むる所にして、謂う「此の人に附けば則ち官を得、此の人に違えば則ち官を失う、事を言えば則ち身危く、言わざれば則ち身患う所無し」と、此れ世俗無知の者の見る所、士君子豈に是を以て取舍を為さんや。然れども正直も亦た時有りて禍を被る者は、君子以て不幸と為し、奸邪も亦た時有りて福を蒙る者は、君子以て幸と為す。一は以て幸と為し、一は以て不幸と為さば、則ち其の是非榮辱は、別つを待たずして知るべし。故に節義は天下の大閑、臣子の盛德にして、富貴に蕩(うご)かされず、貧賤に蹙(しゅく)せず、威武に搖(ゆる)がず、道の在る所、死生以てす。彼の依阿淟涊(いあてんでん)、已を枉げて人に徇(したが)う者は、所謂得喪に関る無く、徒(いたずら)に雅道を缺くのみ。政(たとい)榮寵を一時に獲しむとも、夫の勢移り事易(かわ)るに迨(およ)びて、其の前日の榮は、電滅風休(でんめつふうきゅう)、漠として蹤跡(しょうせき)無し。其の昭昭(しょうしょう)として人の耳目に在る者は、奸佞(かんねい)の名、千古猶お一日のごとし、其の辱為るや、庸(なん)ぞ既(つ)くる有らんや。嗚呼、寧ろ此を為して死すとも、彼を為して生きず。是を以て心を處すれば、庶わくは古人に愧じ無からん。
現代語訳
人に死があるのは、ちょうど昼の後に必ず夜が来て、暑さの後に必ず寒さが来るようなもので、古今変わらぬ道理であり、深く不思議がるには及ばない。ただし、子として孝のために死に、臣として忠のために死ぬのであれば、その死には大きな意味がある。身は滅んでも、名は滅びない。司馬遷(太史公)は「死には泰山より重いものもあれば、鴻毛より軽いものもある」と言った。正義にかなわなければ死なない、というのがいわゆる「泰山より重い」死であり、正義にかなうならば一切を顧みない、というのがいわゆる「鴻毛より軽い」死である。ああ、人はちっぽけな身体とわずかな年月しか持たないのに、それを崇高な山のようにそびえさせ、星や太陽のように掲げさせるものは、節義以外の何であろうか。まして人の身分の貴賤や寿命の長短は、天が初めから定めているものである。それなのに「この人に取り入れば官職を得られ、この人に逆らえば官職を失う。ものを言えば身が危うくなり、言わなければ身に心配はない」などと言うのは、世俗の無知な者の考え方であって、士人や君子がどうしてそれによって身の振り方を決めようか。しかし、正直な者でも時には禍を被ることがあり、それを君子は不幸だと考える。邪悪な者でも時には幸福を得ることがあり、それを君子は(その者にとっての)幸いだと考える。一方を幸いとし、もう一方を不幸とするなら、その是非や栄辱は、あえて区別しなくとも自ずと明らかである。だから節義とは天下の大きな規範であり、臣下たる者の最高の徳であって、富貴によって心が動かされることなく、貧賤によって萎縮することなく、威圧や武力によって揺るがされることがない。道の在るところに、生死をともにするのである。あの相手にこびへつらい、自分を曲げて人に従う者は、いわゆる得失にはかかわりなく、ただ高雅な道を欠いているだけである。たとえ一時の栄誉と寵愛を得たとしても、やがて情勢が移り事態が変われば、その以前の栄光は稲妻のように消え風のようにやみ、跡形もなくなる。それでも人々の耳目にはっきりと残るのは、「奸佞」という悪名であり、それは千年経っても昨日のことのように生々しく、その恥辱は尽きることがない。ああ、むしろこちら(節義を守ること)のために死ぬとも、あちら(節義を捨てること)によって生きることはしない。このように心構えをしておけば、おそらく昔の人に恥じることはないだろう。