風憲忠告 / 奏對苐八
中外之官,莫難於風憲,莫危於風憲。曷謂難?人所趋者,不敢趋;人所樂者,不敢樂;人所私者,不敢私。所謂「嶢嶢者易缺,皦皦者易汙」,非難而何?曷謂危?入焉與 天子爭是非,出焉與大臣辨可否,至於發人之姦,貶人之爵,奪人之官,甚則罪人於死地。一或不察,反以為辜,則終身無所於訴,非危而何?然君子居其官,則思盡其職,所謂危且難者,固有所不避焉。竭忠吐誠,置死生禍福於度外,庶上不負國,下不負所學。其或奏對於殿廷之上,平心易氣,惟事之陳。理誠直,雖從容宛轉,而亦直;理誠屈,雖抗厲激切,而亦屈。夫悻悻其辝色,非惟有失事上之体,而於已於事,悉無所益。古之樊欄断鞅,曳裾軔輪者,皆勢危事迫,不得巳而為之,苟事不至是,殆不可執以為法。前輩謂「忼慨殺身者易,從容就義者難」,体此而行,則蔑有不從者矣。
新字:中外之官,莫難於風憲,莫危於風憲。曷謂難?人所趋者,不敢趋;人所楽者,不敢楽;人所私者,不敢私。所謂「嶢嶢者易欠,皦皦者易汙」,非難而何?曷謂危?入焉与 天子争是非,出焉与大臣弁可否,至於発人之姦,貶人之爵,奪人之官,甚則罪人於死地。一或不察,反以為辜,則終身無所於訴,非危而何?然君子居其官,則思尽其職,所謂危且難者,固有所不避焉。竭忠吐誠,置死生禍福於度外,庶上不負国,下不負所学。其或奏対於殿廷之上,平心易気,惟事之陳。理誠直,雖従容宛転,而亦直;理誠屈,雖抗厲激切,而亦屈。夫悻悻其辝色,非惟有失事上之体,而於已於事,悉無所益。古之樊欄断鞅,曳裾軔輪者,皆勢危事迫,不得巳而為之,苟事不至是,殆不可執以為法。前輩謂「忼慨殺身者易,従容就義者難」,体此而行,則蔑有不従者矣。
書き下し
中外の官、風憲より難きは莫く、風憲より危きは莫し。曷(なに)をか難しと謂う。人の趋(おもむ)く所は敢えて趋かず、人の樂しむ所は敢えて樂しまず、人の私する所は敢えて私せず。所謂「嶢嶢(ぎょうぎょう)たる者は缺けやすく、皦皦(きょうきょう)たる者は汙(けが)れやすし」とは、難きに非ずして何ぞ。曷をか危しと謂う。入りては天子と是非を爭い、出でては大臣と可否を辨じ、人の姦を發き、人の爵を貶し、人の官を奪うに至り、甚だしきは則ち人を死地に罪す。一たび或いは察せざれば、反りて辜(つみ)と為さる、則ち終身訴うる所無し、危きに非ずして何ぞ。然れども君子其の官に居れば、則ち其の職を盡さんことを思い、所謂危くして且つ難き者も、固より避けざる所有り。忠を竭くし誠を吐き、死生禍福を度外に置き、庶わくは上は國に負かず、下は學ぶ所に負かざらんことを。其れ或いは殿廷の上に奏對するに、心を平らかにし氣を易(やす)くし、惟だ事のこれを陳ぶ。理誠に直ければ、從容宛轉(しょうようえんてん)と雖も亦た直く、理誠に屈すれば、抗厲激切(こうれいげきせつ)と雖も亦た屈す。夫れ悻悻(こうこう)として其の辝色をなすは、惟だ事上の体を失う有るのみに非ず、己に於いても事に於いても、悉く益する所無し。古の欄(らん)に樊(すが)り鞅(おう)を断ち、裾を曳き輪を軔(とど)むる者は、皆勢危く事迫りて已むを得ずしてこれを為すなり、苟しくも事是に至らざれば、殆ど執りて以て法と為すべからず。前輩謂う「忼慨(こうがい)身を殺す者は易く、從容として義に就く者は難し」と。此を体して行なわば、則ち從わざる者は蔑(な)からん。
現代語訳
朝廷内外の官職の中で、監察官ほど難しいものはなく、監察官ほど危険なものもない。何をもって難しいというのか。人が心を寄せるものに自分は心を寄せず、人が喜ぶものを自分は喜ばず、人が私するものを自分は私しない。いわゆる「高く尖ったものは欠けやすく、真っ白なものは汚れやすい」というのは、まさに困難そのものではないか。何をもって危険というのか。朝廷に入れば天子と是非を争い、外に出れば大臣と可否を論じ、人の不正をあばき、人の爵位を貶め、人の官職を奪い、甚だしい場合は人を死罪に問うことさえある。一つでも見誤れば、逆に自分が罪に問われ、一生涯訴える先もなくなる。これこそ危険でなくて何であろうか。しかし君子はその職にある以上、その職務を全うしようと考え、危険で困難だとわかっていても、避けようとはしない。忠誠を尽くし誠意を吐露し、生死や禍福を度外視し、上は国に背かず、下は学んだことに背かないことを願う。もし宮殿で天子に意見を奏上するときは、心を平らかにし気持ちを穏やかにして、ただ事実をありのままに述べる。道理が本当に正しければ、たとえゆったりと穏やかに述べても、その主張は真っ直ぐなままであり、道理が本当に通らないものであれば、たとえ激しく強く主張しても、結局は曲がったままである。感情をむき出しにして言葉や表情を荒げるのは、君主に仕える作法を失うだけでなく、自分にとっても事にとっても、まったく益がない。昔、車の欄干にしがみつき馬の胸帯を断ち切り、裾を引っ張って車輪を止めた者たちは、みな情勢が危うく事態が切迫していて、やむを得ずそうしたのであって、そこまで事態が切迫していないのに、それを常套手段として真似るべきではない。先人は「激情にかられて命を捨てるのは易しく、落ち着いて正義に殉じるのは難しい」と言った。この教えを体得して行動すれば、誰も従わない者はいないだろう。
解説
この章句が説くこと
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風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
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風憲忠告・自律苐一士にして身を律するは固より厳ならざるべからざるなり。然れども官守有る者は則ち当に士より厳なるべし。言責有る者は又当に官守有る者より厳なるべし。蓋し執法の臣は将に姦を紏(ただ)し悪を縄(ただ)し、以て中外を粛にし、以て紀綱を正さんとす。自律厳ならずんば、何を以て衆を服せしめん。夫れ所謂厳とは、処子の室に居るが如く、一行一住、一語一嘿、必ず禮法を語り、厥の徳乃ち全し。跬歩(きほ)違う有れば、則ち人人得てこれを訾(そし)る。苟しくも権を挾み勢を怙(たの)み、惟だ己が私を殖(ふ)やさば、或いは巧みに子銭を規(はか)り、或いは盗みて塩帖を行い、或いは荒(あら)く麯蘖(きょくげつ)に躭(ふけ)り、或いは私かに親属を用い、或いは田猟時ならず、或いは宴遊度無く、或いは潜かに有司の事を托し、或いは妄りに不急の工を興し、或いは官苐(かんてい)を曠(むな)しくして居らず、或いは家人を縦(ほしいまま)にして撿(かんが)えず。斯の数者に於て一有らば、皆風憲の累たるに足る。近年南北の富民多く宅を起して以て勢要に居らしめ、因りて己が私を済(な)す。既に官舎有れば、則ち必ずしも彼に居らざるなり。夫れ朝廷、中台を以て粛政と為し、御史を監察と為し、憲司を以て廉訪と為す者は、政(まつりごと)姦貪を弭(や)め侵擾を戢(おさ)め、開誠布公にして、所属をして法とする所を知らしめんと欲すればなり。今にして是くの若くんば、牧民の吏将に焉くにか法とらん。且つ他人罪を犯す有らば、軽ければ則ち吾得てこれを言い、又重ければ吾上に聞せしめてこれを僇(りく)す。己の犯す所は其れ孰か得てこれを発せん。人を恃みて敢えて発せざること日に一日より甚だし。将に台察を如何せんとするか。将に天理を如何せんとするか。故に余備さにその然るを載せ、憲司たる者をして有らば則ちこれを改め、無くば益(ますます)自重する所以を知らしむ。
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風憲忠告・紏彈苐七夫れ臺憲(たいけん)の職は、內外遠鄉鄉邇(ないがいえんきょうきょうじ)の分無く、凡そ知る所有れば、皆盡言以て上に聞するを得。外に在りと雖も、苟しくも居中の人に非ざるを知らば、紏(ただ)してこれを言うも可なり。內に在りと雖も、苟しくも外官の不法なる者を知らば、紏してこれを言うも亦た可なり。大率惟だ公を盡し私無きを務む、斯れこれを得ん。夫れ人の仕うるや、貴近有り、疏遠有り。貴近なる者を少しも貸さざれば、則ち位卑くして罪微なる者は、劾(がい)を待たずして艾(おさ)まらん。故に前輩謂う「豺狼(さいろう)道に當る、安んぞ狐狸を問わん」と、亦た此の義なり。切に甞て謂う、薦舉の軆(たい)は則ち宜しく小官を先にすべく、紏彈の軆は則ち宜しく貴官を先にすべしと。然れども又た當に其の素行を審(つまび)らかにし、君子為るか小人為るかを見るべし。如し誠に小人ならば、長ずる所有りと雖も、亦た必ずしも舉げず。何となれば則ち、其の平日不善なる者多ければなり。况んや刑憲は本(もと)小人を待つを以てす、君子の過ちは、苟しくも甚だしきに至らざれば、殆ど輕易にこれを加うべからず、數十年作飬(さくいく)の功をして、一旦に掃地せしむればなり。盖し人才は得難く、全才は尤も得難しと為す。昔趙清獻公(ちょうせいけんこう)言路に在り、彈劾權貴を避けず、亰師號して「鐵面御史」と為す。甞て朝廷をして君子小人を別白せしめんと欲す。其の言に曰く、「小人は小過有りと雖も、當に力めてこれを排絕すべし、後乃ち患無し。君子不幸にして詿誤(かいご)有れば、則ち當に國家の為に保持愛護し、以て其の德を全うすべし」と。於戲、趙公の言は、深識遠慮、真に大軆を知るの論と謂うべし。故に余これを表して出し、以て當路者の楷式(かいしき)と為す。
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風憲忠告・示教苐二甚だしいかな、人の教え無かるべからざるや。生まれながらにして知る聖人の如きすら、猶お胥(あい)教誨し胥訓告す。況んや聖人に及ばざること万一なる者、忽(ゆるが)せにして務めざるべけんや。大抵常人の情、苟しくもその憚る所に非ざれば、耳を提(と)り面(おもて)を命ずと雖も、則ち亦その良心を発するに足らず。何となれば則ち、素より服し素より畏るる所に非ざる故なり。今夫れ庶司の職、衆の畏服する所と著(あら)わるるは、風憲に如くは莫し。誠に彼に監涖(かんり)すと曰わば、或いは上(のぼ)るの日に始めて、所属を会してこれを勖(すす)めて曰わく、「彼の官、重き者は廷授、次なる者は省授、又次なるは則ち吏部授、大小異なると雖も、国家の臣子に非ざる無し。人の臣子と為りて姦汙不法ならば、人孰かなんじを容れん。夫れ賄を納れ私を営むは、得る所甚だ少なく、喪う所甚だ多し。其の事敗れてなんじを治めんよりは、曷若(いずれ)ぞ事に先だちてこれを教うるの愈(まさ)れるを。吾がこの言、なんじを薄んずと曰うと雖も、実はなんじを厚くするなり。なんじを毒すが若しと雖も、実はなんじを恩するなり」と。苟しくも能く是くの如くこれを諭さば、吾知る、退きて必ず徳に率いて行を改め、凶悪を易えて善良と為る者有らんことを。且つ刑罰は治を致すに足らず、これを教えて犯さざらしむるは、治を為すの道これに尚(まさ)るは莫し。聖人謂う、「教えずして殺す、これを虐と謂う」と。又聞く、「未然に治むる者は易く、已然に治むる者は難し」と。近年劉伯宣浙西憲使と為り、真西山の守令四箴を疏(の)べて所属に播告し、且つ曰わく、「近年憲を執る者は、惟だ人を威すに刑を以てするを知りて、人を誨うるに善を以てするを知らず」と。嗚呼、劉公のこの言、仁人君子にして深く風憲の体を得たる者と謂うべし。
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風憲忠告・按行苐四将家云う、「多筭は□少筭に、少筭は□無算に」と。特り兵を用うるを然りと為すのみに非ず、官に涖(のぞ)み政に臨むと雖も、亦爾(しか)らざるは莫し。夫れ廉司の涖む所の処、一方の官吏、皆惕然(てきぜん)として自ら安んぜず。その安んぜざる所以は、彼の悪を為すこと日に久しく、人の以て発してこれを訟うる有るを一旦恐るるが故なり。彼既に内にその悪を隠せば、則ち必ず多方に司官の親しむ所の人を求めてこれを解かんとす。夫れ司官の親しむ所は、書吏と曰い、奏差と曰い、緫領(そうりょう)と曰い、祗候(しこう)と曰う。夫れ人の為に私罪を弥縫(びほう)すれば、則ち何を求めて得ざらん、何を請いて随わざらん。司官為る者、苟しくも深く防ぎ預め備え、厳に禁切を為さずんば、万一己に連なれば、悔ゆるとも将に何ぞ及ばん。若し乃ち司官廉正ならば、猶お或いは庶幾(ちか)からん。其れ或いは彼此(ひし)胥(あい)貪らば、弊将に焉くにか救わん。是に於て箕歛(きれん)する者有り、稇載(こんさい)する者有り、篋笥(きょうし)充つる者有り、囊橐(のうたく)盈つる者有り、微(すこ)しく土地の宜しき所に至るまで、搜刮(そうかつ)せざる靡(な)し。昔端州(たんしゅう)佳硯を出だし、包孝粛公彼に出でて判たりしとき、其の代わるに及びて徒手にして帰る。李及(りきゅう)杭州を知りしとき、絲餽(しき)縷謁(るえつ)門に逮(およ)ばず、白楽天の文集を市(か)うに由りて、終身以て慊(あきた)らずと為す。古人の身を持するの廉なることかくの如し。況んや風憲に在りては、其の行く所の州郡、敢えて分毫の物を仮りて以て自ら溷(けが)さんや。大抵憲長人を得れば、則ち司官敢えて恣(ほしいまま)にせず。司官人を得れば、則ち書吏敢えて恣にせず。抑(そもそ)も聞く、各道公讌に、司官書吏奏差堂を同じくして坐し、喧譁咲謔(けんかしょうぎゃく)し、上下分かれず、彼をして操縦自如、百も忌憚無きに致す所以なりと。諺に「廉訪司は書吏の権」と謂う、此に跡(もと)づきて観れば、信に虗語(きょご)に匪(あら)ず。誠に能く法を設けて以てこれを禁じ、威を盛んにして以てこれに臨み、小しく犯す所有らば即ち随いて鞭扑を以てせば、此くの如くんば庶(こいねが)わくは精鋭をして消沮(しょうそ)せしめ、威福外に張られざらしめん。凡そ初めて風憲に入る者、知らざるべからず。
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風憲忠告・全節苐十人の死有るは、猶お晝(ひる)の必ず夜あり、暑の必ず寒あるがごとし、古今の常理、深く訝(いぶか)るに足らず。苐(ただ)子と為りて孝に死し、臣と為りて忠に死せば、則ち其の死為るや大なり、身は沒すと雖も、名は沒せず。太史公謂う「死に泰山より重き有り、鴻毛より輕き有り」と。其の義に非ざれば則ち死せざる、所謂「泰山より重し」とは、其の義の如くんば則ち一切顧みる所無き、所謂「鴻毛より輕し」なり。嗚呼、夫れ人眇焉(びょうえん)たる身、倏耳(しゅくじ)たる年を以て、これをして嵩華(すうか)聳(そび)えて星日(せいじつ)揭(かか)げしむる者は、節義能くしかるに非ずや。况んや人の貴賤壽夭は、天の素(もと)より定むる所にして、謂う「此の人に附けば則ち官を得、此の人に違えば則ち官を失う、事を言えば則ち身危く、言わざれば則ち身患う所無し」と、此れ世俗無知の者の見る所、士君子豈に是を以て取舍を為さんや。然れども正直も亦た時有りて禍を被る者は、君子以て不幸と為し、奸邪も亦た時有りて福を蒙る者は、君子以て幸と為す。一は以て幸と為し、一は以て不幸と為さば、則ち其の是非榮辱は、別つを待たずして知るべし。故に節義は天下の大閑、臣子の盛德にして、富貴に蕩(うご)かされず、貧賤に蹙(しゅく)せず、威武に搖(ゆる)がず、道の在る所、死生以てす。彼の依阿淟涊(いあてんでん)、已を枉げて人に徇(したが)う者は、所謂得喪に関る無く、徒(いたずら)に雅道を缺くのみ。政(たとい)榮寵を一時に獲しむとも、夫の勢移り事易(かわ)るに迨(およ)びて、其の前日の榮は、電滅風休(でんめつふうきゅう)、漠として蹤跡(しょうせき)無し。其の昭昭(しょうしょう)として人の耳目に在る者は、奸佞(かんねい)の名、千古猶お一日のごとし、其の辱為るや、庸(なん)ぞ既(つ)くる有らんや。嗚呼、寧ろ此を為して死すとも、彼を為して生きず。是を以て心を處すれば、庶わくは古人に愧じ無からん。