風憲忠告 / 紏彈苐七
夫臺憲之職,無內外遠鄉鄉邇之分,凡有所知,皆得盡言以聞於上。雖在外,苟知居中非人,紏而言之可也;雖在內,苟知外官者不法,紏而言之亦可也。大率惟務盡公無私,斯得之矣。夫人之仕也,有貴近焉,有疏遠焉。貴近者不少貸,則位卑而罪微者,不待劾而艾矣。故前輩謂「豺狼當道,安問狐狸」,亦此義也。切甞謂薦舉之軆,則宜先小官;紏彈之軆,則宜先貴官。然又當審其素行,為君子為小人。如誠小人,雖有所長,亦不必舉,何則?其平日不善者多也。况刑憲本以待小人,君子之過,苟不至甚,殆不宜輕易加之,使數十年作飬之功,掃地於一旦也。盖人才難得,全才為尤難得。昔趙清獻公在言路,彈劾不避權貴,亰師號為「鐵面御史」。甞欲朝廷別白君子小人,其言曰:「小人雖有小過,當力排絕之,後乃無患;君子不幸而有詿誤,則當為國家保持愛護,以全其德。」於戲,趙公之言,可謂深識遠慮,真知大軆之論矣。故余表而出之,以為當路者楷式。
新字:夫台憲之職,無内外遠郷郷邇之分,凡有所知,皆得尽言以聞於上。雖在外,苟知居中非人,紏而言之可也;雖在内,苟知外官者不法,紏而言之亦可也。大率惟務尽公無私,斯得之矣。夫人之仕也,有貴近焉,有疏遠焉。貴近者不少貸,則位卑而罪微者,不待劾而艾矣。故前輩謂「豺狼当道,安問狐狸」,亦此義也。切甞謂薦舉之軆,則宜先小官;紏弾之軆,則宜先貴官。然又当審其素行,為君子為小人。如誠小人,雖有所長,亦不必舉,何則?其平日不善者多也。況刑憲本以待小人,君子之過,苟不至甚,殆不宜軽易加之,使数十年作飬之功,掃地於一旦也。盖人才難得,全才為尤難得。昔趙清献公在言路,弾劾不避権貴,亰師号為「鉄面御史」。甞欲朝廷別白君子小人,其言曰:「小人雖有小過,当力排絶之,後乃無患;君子不幸而有詿誤,則当為国家保持愛護,以全其徳。」於戯,趙公之言,可謂深識遠慮,真知大軆之論矣。故余表而出之,以為当路者楷式。
書き下し
夫れ臺憲(たいけん)の職は、內外遠鄉鄉邇(ないがいえんきょうきょうじ)の分無く、凡そ知る所有れば、皆盡言以て上に聞するを得。外に在りと雖も、苟しくも居中の人に非ざるを知らば、紏(ただ)してこれを言うも可なり。內に在りと雖も、苟しくも外官の不法なる者を知らば、紏してこれを言うも亦た可なり。大率惟だ公を盡し私無きを務む、斯れこれを得ん。夫れ人の仕うるや、貴近有り、疏遠有り。貴近なる者を少しも貸さざれば、則ち位卑くして罪微なる者は、劾(がい)を待たずして艾(おさ)まらん。故に前輩謂う「豺狼(さいろう)道に當る、安んぞ狐狸を問わん」と、亦た此の義なり。切に甞て謂う、薦舉の軆(たい)は則ち宜しく小官を先にすべく、紏彈の軆は則ち宜しく貴官を先にすべしと。然れども又た當に其の素行を審(つまび)らかにし、君子為るか小人為るかを見るべし。如し誠に小人ならば、長ずる所有りと雖も、亦た必ずしも舉げず。何となれば則ち、其の平日不善なる者多ければなり。况んや刑憲は本(もと)小人を待つを以てす、君子の過ちは、苟しくも甚だしきに至らざれば、殆ど輕易にこれを加うべからず、數十年作飬(さくいく)の功をして、一旦に掃地せしむればなり。盖し人才は得難く、全才は尤も得難しと為す。昔趙清獻公(ちょうせいけんこう)言路に在り、彈劾權貴を避けず、亰師號して「鐵面御史」と為す。甞て朝廷をして君子小人を別白せしめんと欲す。其の言に曰く、「小人は小過有りと雖も、當に力めてこれを排絕すべし、後乃ち患無し。君子不幸にして詿誤(かいご)有れば、則ち當に國家の為に保持愛護し、以て其の德を全うすべし」と。於戲、趙公の言は、深識遠慮、真に大軆を知るの論と謂うべし。故に余これを表して出し、以て當路者の楷式(かいしき)と為す。
現代語訳
監察官の職務には、内外・遠近の区別はない。何か知るところがあれば、すべて包み隠さず言上してよい。外地にいても、朝廷内に不適格な人物がいると知れば、これを正して指摘してよいし、朝廷内にいても、地方官に不法な行いがあると知れば、これを正して指摘してもよい。大切なのは、ひたすら公正に徹し私心を持たないことであり、それさえできればよい。人が仕えるには、権力者に近い立場の者もいれば、権力から遠い立場の者もいる。権力者に近い者を少しも容赦しなければ、地位が低く罪の軽い者は、弾劾を待たずとも自然に治まるものだ。だから先人は「山道に豺狼がいるのに、どうして狐狸を問題にしようか」と言ったが、これも同じ趣旨である。かねてから私はこう考えている。人材を推挙するときは身分の低い者から先に、不正を糾弾するときは身分の高い者から先にするのがよいと。しかしまた、その日頃の行いをよく見極め、君子であるか小人であるかを見なければならない。もし本当に小人であれば、多少の長所があっても無理に推挙する必要はない。なぜなら、そのような者は日頃から良くない行いが多いからだ。まして刑罰や監察はもともと小人を取り締まるためのものであり、君子の過ちについては、よほど重大でない限り安易に処罰を加えるべきではない。そうしなければ、数十年かけて築いた功績が、一朝にして水の泡になってしまう。人材は得難く、なかでも欠点のない完璧な人材はさらに得難いものだ。昔、趙清献公は言路(諫官の職)にあって、権力者を恐れず弾劾を行い、都では「鉄面御史」と呼ばれた。彼はかつて朝廷に、君子と小人とをはっきり区別させようとしてこう言った。「小人に小さな過ちがあれば、力を尽くしてこれを退けるべきであり、そうすれば後に憂いはない。君子が不幸にして過失を犯した場合は、国家のためにこれを守り大切にし、その徳を全うさせるべきである」と。ああ、趙公のこの言葉は、深い見識と遠い配慮を備え、まことに大局を知る議論と言えよう。だから私はこれを表に出し、要職にある者の模範としたい。
解説

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