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塩鉄論 / 詔聖篇

御史曰:「嚴墻三刃、樓季難之、山高幹雲、牧豎登之。故峻則樓季難三刃、陵夷則牧豎易山巔。夫爍金在爐、莊蹻不顧、錢刀在路、匹婦掇之、非匹婦貪而莊蹻廉也、輕重之制異、而利害之分明也。故法令可仰而不可踰、可臨而不可入。詩云:『不可暴虎、不敢馮河。』為其無益也。魯好禮而有季、孟之難、燕噲好讓而有子之之亂。禮讓不足禁邪、而刑法可以止暴。明君據法、故能長制群下、而久守其國也。」

新字:御史曰:「厳墻三刃、楼季難之、山高幹雲、牧豎登之。故峻則楼季難三刃、陵夷則牧豎易山巔。夫爍金在炉、荘蹻不顧、銭刀在路、匹婦掇之、非匹婦貪而荘蹻廉也、軽重之制異、而利害之分明也。故法令可仰而不可踰、可臨而不可入。詩云:『不可暴虎、不敢馮河。』為其無益也。魯好礼而有季、孟之難、燕噲好譲而有子之之乱。礼譲不足禁邪、而刑法可以止暴。明君拠法、故能長制群下、而久守其国也。」

書き下し

御史曰く、嚴墻三刃なれば、樓季も之を難しとす。山高くして雲を幹くも、牧豎之に登る。故に峻なれば則ち樓季も三刃を難しとし、陵夷なれば則ち牧豎も山巔を易しとす。夫れ爍金爐に在れば、莊蹻も顧みず。錢刀路に在れば、匹婦も之を掇う。匹婦貪にして莊蹻廉なるに非ず。輕重の制異にして、利害の分明らかなればなり。故に法令は仰ぐ可くして踰ゆ可からず、臨む可くして入る可からず。詩に云う、「虎を暴つ可からず、敢えて河を馮らず」と。其の益無きが為なり。魯は禮を好みて季・孟の難有り、燕の噲は讓を好みて子之の亂有り。禮讓は邪を禁ずるに足らず、而して刑法は以て暴を止む可し。明君は法に據る。故に能く長く群下を制して、久しく其の國を守るなり。

現代語訳

御史が言った。「険しい塀が三刃の高さもあれば、楼季でさえ難しいとする。山が高く雲を突いていても、牛飼いの子は登る。峻険であれば楼季でも三刃を難しとし、なだらかであれば牛飼いの子でも山頂を易しとするのだ。溶けた金が炉にあれば、荘蹻でも見向きもしない。銭が道に落ちていれば、ただの女でもそれを拾う。ただの女が貪欲で荘蹻が清廉なのではない。軽重の仕掛けが違い、利と害の分かれ目が明らかだからだ。だから法令は仰ぎ見ることはできても越えられず、臨むことはできても入れないようにする。詩に『虎を素手で打つな、河を歩いて渡ろうとするな』とある。益が無いからだ。魯は礼を好んで季氏や孟氏の難があり、燕の噲は譲を好んで子之の乱があった。礼と譲では邪を禁じるに足りず、刑法によってこそ暴を止められる。明君は法に拠る。だから長く臣下を制し、久しくその国を守れるのだ」

解説

文学が「疲れた民は刑法を畏れない」と言ったのを、御史が畏れの高さを設計の話に戻した段です。塀が三刃あれば名手の楼季でも難しく、なだらかなら牛飼いの子でも登る、と。**溶けた金が炉にあれば荘蹻でも見向きもせず、銭が道に落ちていればただの女でも拾う。**人の善悪ではなく、置かれ方の差だ、と言い切ります。締めは反証でした。魯は礼を好んで季氏の難があり、燕の噲は譲を好んで子之の乱があった、と。

この章句が説くこと

爍金炉に在れば荘蹻も顧みず銭刀路に在れば匹婦も之を掇う法令は仰ぐ可くして踰ゆ可からず軽重の制異にして利害の分明らかなればなり設計抑止人柄

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