塩鉄論 / 申韓篇
文學曰:「河決若甕口、而破千里、況禮決乎?其所害亦多矣!今斷獄歲以萬計、犯法茲多、其為菑豈特曹、衛哉!夫知塞宣房而福來、不知塞亂原而天下治也。周國用之、刑錯不用、黎民若、四時各終其序、而天下不孤。頌曰:『綏我眉壽、介以繁祉。』此夫為福、亦不小矣!誠信禮義如宣房、功業已立、垂拱無為、有司何補、法令何塞也?」
新字:文学曰:「河決若甕口、而破千里、況礼決乎?其所害亦多矣!今断獄歳以万計、犯法茲多、其為菑豈特曹、衛哉!夫知塞宣房而福来、不知塞乱原而天下治也。周国用之、刑錯不用、黎民若、四時各終其序、而天下不孤。頌曰:『綏我眉寿、介以繁祉。』此夫為福、亦不小矣!誠信礼義如宣房、功業已立、垂拱無為、有司何補、法令何塞也?」
書き下し
文學曰く、河の決すること甕口の若くにして、千里を破る。況んや禮の決するをや。其の害する所も亦た多し。今、獄を斷ずること歲に萬を以て計え、法を犯すこと茲々多し。其の菑と為ること、豈に特だ曹・衛のみならんや。夫れ宣房を塞ぎて福の來るを知りて、亂の原を塞ぎて天下の治まるを知らざるなり。周は國に之を用い、刑錯きて用いず。黎民は若く、四時は各々其の序を終え、而して天下は孤ならず。頌に曰く、「我を綏んずるに眉壽を以てし、介くるに繁祉を以てす」と。此れ福と為ること、亦た小ならざるなり。誠に禮義を信ずること宣房の如くんば、功業已に立ち、垂拱して無為ならん。有司何をか補い、法令何をか塞がん。
現代語訳
文学が言った。「河の決壊は甕の口ほどの穴から始まって、千里を破ります。まして礼が決壊したらどうでしょう。その害するところもまた多い。いま裁きは年に万を数え、法を犯す者はますます多い。その災いは、どうして曹や衛だけのことでしょう。宣房を塞げば福が来ることは知っていて、乱れの源を塞げば天下が治まることは知らないのです。周は国にこれを用いて、刑罰は置かれたまま使われなかった。民は従順で、四季はそれぞれの順序を全うし、天下に寄る辺のない者はいなかった。頌に『私を長寿によって安んじ、多くの幸いによって助ける』とあります。これが福となることも、また小さくはありません。まことに礼義を信じることが宣房を塞ぐほどであれば、功業はすでに立ち、手をこまねいて何もせずにいられます。役人は何を繕い、法令は何を塞ぐのでしょう」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『翁問答』上卷之本大臣は家の重脊、君の腹心なれば、高位大禄を与へ、大方の事打任せて計らはせ、礼儀正しく敬て、情深く有る可し、位刑賞威恵の権柄をかりそめにも貸し預けぬものなり、大臣より下の諸士は其位分相応の程々を能く分別して、真実に情深く侮り軽しめず、夫々の器量を能く見分けてさし使ひ、忠臣あるには、其大小軽重に従ひて、褒美を与へ位を揚げ、知行を加增して群臣の勧めとす、士は国の幹君の爪牙なれば、其心を失ふ可からざる事勿論なり、扨農工商は国の資なれば、一入憐みはくみて、其利を利として、其楽を楽む如く、政を成すは君の仁礼を行ふ大槪なり、
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『春秋左氏伝』昭公五年 是れ儀なり、礼に非ず楚子屈申を以て吳に貳すと為し、乃ち之を殺す。屈生を以て莫敖と為し、令尹子蕩と晉に如きて女を逆へしむ。鄭を過ぐ。鄭伯子蕩を氾に勞ひ、屈生を菟氏に勞ふ。晉侯女を邢丘に送る。子產鄭伯に相として、晉侯に邢丘に會す。公晉に如く。郊勞より贈賄に至るまで、禮を失ふこと無し。晉侯女叔齊に謂ひて曰く、「魯侯亦た禮に善からずや」と。對へて曰く、「魯侯焉んぞ禮を知らん」と。公曰く、「何為れぞ。郊勞より贈賄に至るまで、禮違ふ者無し。何の故に知らずとする」と。對へて曰く、「是れ儀なり、禮と謂ふべからず。禮は其の國を守り、其の政令を行ひ、其の民を失ふこと無き所以の者なり。今政令は家に在りて、取る能はず。子家羈有りて、用ゐる能はず。大國の盟を奸し、小國を陵虐す。人の難を利として、其の私を知らず。公室四分し、民は他に食む。思ひ公に在る莫く、其の終はりを圖らず。國君と為りて、難將に身に及ばんとするに、其の所を恤へず。禮の本末、將に此に於いてか在らんとす。而るに屑屑焉として儀を習ひて以て亟(すみ)やかなり。禮に善しと言ふは、亦た遠からずや」と。君子謂ふ、叔侯是に於いてか禮を知れりと。
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論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
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『春秋左氏伝』昭公六年 鄭人、刑書を鋳る六年春、王の正月、杞の文公卒す。弔ふこと同盟の如し。禮なり。大夫秦に如きて景公を葬る。禮なり。三月、鄭人刑書を鑄る。叔向使ひして子產に書を詒(おく)りて曰く、「始め吾子に虞(のぞ)み有り、今は則ち已みぬ。昔先王は事を議して以て制し、刑辟を為らず。民の爭心有らんことを懼るればなり。猶ほ禁禦すべからず。是の故に之を閑(ふせ)ぐに義を以てし、之を糾すに政を以てし、之を行ふに禮を以てし、之を守るに信を以てし、之を奉ずるに仁を以てす。祿位を制為して、以て其の從ふを勸め、刑罰を嚴斷して、以て其の淫を威す。其の未だしきを懼る、故に之に誨ふるに忠を以てし、之を聳(すす)むるに行を以てし、之に教ふるに務を以てし、之を使ふに和を以てし、之に臨むに敬を以てし、之に蒞むに彊を以てし、之を斷ずるに剛を以てす。猶ほ聖哲の上、明察の官、忠信の長、慈惠の師を求む。民是に於いてか任使すべくして、禍亂を生ぜず。民辟有るを知れば、則ち上を忌まず。並びに爭心有りて、以て書に徵し、而して徼幸して以て之を成さん。為むべからず。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。

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