塩鉄論 / 論菑篇
文學曰:「兵者、凶器也。甲堅兵利、為天下殃。以母制子、故能久長。聖人法之、厭而不陽。詩云:『載戢干戈、載橐弓矢、我求懿德、肆於時夏。』衰世不然。逆天道以快暴心、僵屍血流、以爭壤土。牢人之君、滅人之祀、殺人之子、若絕草木、刑者肩靡於道。以己之所惡而施於人。是以國家破滅、身受其殃、秦王是也。」
新字:文学曰:「兵者、凶器也。甲堅兵利、為天下殃。以母制子、故能久長。聖人法之、厭而不陽。詩云:『載戢干戈、載橐弓矢、我求懿徳、肆於時夏。』衰世不然。逆天道以快暴心、僵屍血流、以争壤土。牢人之君、滅人之祀、殺人之子、若絶草木、刑者肩靡於道。以己之所悪而施於人。是以国家破滅、身受其殃、秦王是也。」
書き下し
文學曰く、兵は凶器なり。甲堅く兵利きは、天下の殃いと為る。母を以て子を制す、故に能く久しく長し。聖人之に法り、厭えて陽らかにせず。詩に云う、「載ち干戈を戢め、載ち弓矢を橐にす。我れ懿德を求めて、時の夏に肆ぬ」と。衰世は然らず。天道に逆らいて以て暴心を快くし、僵屍血流れ、以て壤土を爭う。人の君を牢にし、人の祀を滅ぼし、人の子を殺すこと、草木を絕つが若し。刑せらるる者は肩を道に靡ぶ。己の惡む所を以て人に施す。是を以て國家破滅し、身は其の殃いを受く。秦王是れなり。
現代語訳
文学が言った。「兵は凶器です。甲が堅く武器が鋭いのは、天下の災いとなる。母によって子を制する、だから長く続くのです。聖人はこれに則り、おさえて表に出しません。詩に『さあ矛と盾をおさめ、弓と矢を袋に入れよう。私は美しい徳を求めて、この大いなる国に広めよう』とあります。衰えた世はそうではない。天の道に逆らって荒々しい心を満たし、屍が倒れ血が流れ、それで土地を争う。人の君を牢に入れ、人の祭祀を絶やし、人の子を殺すことは草木を刈るようです。刑を受けた者が肩を並べて道に連なる。自分の憎むことを、人に対して行うのです。だから国家は破れ滅び、その身は災いを受ける。秦王がそれでした」
解説
大夫が五行の一点を突いたのに対し、文学は理屈の争いには乗らず、五行の言葉のまま武力の話へ引き戻した段です。兵は凶器であり、甲が堅く武器が鋭いのは天下の災いだ、と。母によって子を制するから長く続く、と柔の側に立ちます。**自分の憎むことを、人に対して行っている。**衰えた世の姿を、屍と血と刑を受けた者の列で描き、最後に秦王を置きました。学説の応酬を一行で現実に戻した段です。
この章句が説くこと
兵は凶器なり甲堅く兵利きは天下の殃いと為る己の悪む所を以て人に施す載ち干戈を戢め載ち弓矢を橐にす兵恕暴力
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