塩鉄論 / 論功篇
文學曰:「匈奴車器無銀黃絲漆之飾、素成而務堅、絲無文采裙袆曲襟之制、都成而務完。男無刻鏤奇巧之事、宮室城郭之功。女無綺繡淫巧之貢、纖綺羅紈之作。事省而致用、易成而難弊。雖無修戟強弩、戎馬良弓、家有其備、人有其用、一旦有急、貫弓上馬而已。資糧不見案首、而支數十日之食、因山谷為城郭、因水草為倉廩。法約而易辯、求寡而易供。是以刑省而不犯、指麾而令從。嫚於禮而篤於信、略於文而敏於事。故雖無禮義之書、刻骨卷木、百官有以相記、而君臣上下有以相使。群臣為縣官計者、皆言其易、而實難、是以秦欲驅之而反更亡也。故兵者凶器、不可輕用也。其以強為弱、以存為亡、一朝爾也。」
新字:文学曰:「匈奴車器無銀黄糸漆之飾、素成而務堅、糸無文采裙袆曲襟之制、都成而務完。男無刻鏤奇巧之事、宮室城郭之功。女無綺繡淫巧之貢、繊綺羅紈之作。事省而致用、易成而難弊。雖無修戟強弩、戎馬良弓、家有其備、人有其用、一旦有急、貫弓上馬而已。資糧不見案首、而支数十日之食、因山谷為城郭、因水草為倉廩。法約而易弁、求寡而易供。是以刑省而不犯、指麾而令従。嫚於礼而篤於信、略於文而敏於事。故雖無礼義之書、刻骨巻木、百官有以相記、而君臣上下有以相使。群臣為県官計者、皆言其易、而実難、是以秦欲駆之而反更亡也。故兵者凶器、不可軽用也。其以強為弱、以存為亡、一朝爾也。」
書き下し
文學曰く、匈奴の車器に銀黃絲漆の飾り無く、素より成りて堅きを務む。絲に文采裙袆曲襟の制無く、都べて成りて完きを務む。男に刻鏤奇巧の事、宮室城郭の功無し。女に綺繡淫巧の貢、纖綺羅紈の作無し。事省かれて用を致し、成り易くして弊れ難し。修戟強弩、戎馬良弓無しと雖も、家に其の備え有り、人に其の用有り。一旦急有らば、弓を貫き馬に上るのみ。資糧は案首に見えざるも、數十日の食を支う。山谷に因りて城郭と為し、水草に因りて倉廩と為す。法約にして辯じ易く、求め寡くして供し易し。是を以て刑省かれて犯さず、指麾して令從う。禮に嫚くして信に篤く、文に略にして事に敏し。故に禮義の書無しと雖も、骨に刻み木を卷き、百官以て相い記す有り、而して君臣上下以て相い使う有り。群臣の縣官の為に計る者、皆な其の易きを言いて、實は難し。是を以て秦は之を驅らんと欲して反って更に亡ぶ。故に兵は凶器なり、輕々しく用う可からず。其の強を以て弱と為し、存を以て亡と為すは、一朝のみ。
現代語訳
文学が言った。「匈奴の車や器には銀や金や漆の飾りがなく、飾らずに作って丈夫であることを求めます。織物には模様も裾飾りも曲襟の仕立てもなく、すべて仕上がりの完全さを求める。男に彫刻や凝った細工の仕事はなく、宮室や城郭の工事もない。女に刺繍や凝った品を貢ぐこともなく、細い絹や薄物を織ることもない。事は省かれて用を成し、作りやすく壊れにくい。長い戟も強い弩も、軍馬も良い弓も無いとはいえ、家ごとに備えがあり、人ごとに用がある。ひとたび急があれば、弓を負って馬に乗るだけです。糧食は帳面の上には見えないのに、数十日分の食を支える。山や谷をそのまま城郭とし、水と草をそのまま倉とする。法は簡素でわきまえやすく、求めは少なくて応じやすい。だから刑は少なくても犯す者がなく、指し示せば命令が行きわたる。礼にはぞんざいでも信には篤く、文には粗くても事には機敏です。だから礼義の書物が無くても、骨に刻み木を巻いて、役人たちは互いに記録し、君臣上下は互いに使い合っている。群臣で朝廷のために計る者はみな易しいと言いますが、実際には難しい。だから秦は彼らを追い払おうとして、かえって自分が滅びたのです。兵は凶器であり、軽々しく用いてはなりません。強さが弱さに変わり、存続が滅亡に変わるのは、一朝のことです」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
-
論語・子張篇子游曰く、吾が友張や、能くし難きことを為すなり。然れども未だ仁ならず。
-
論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
-
史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。
-
論語・憲問篇子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
-
論語・子張篇陳子禽、子貢に謂いて曰く、「子は恭を為すなり。仲尼豈に子より賢らんや。」子貢曰く、「君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎まざる可からざるなり。夫子の及ぶ可からざるや、猶お天の階して升る可からざるがごときなり。夫子の邦家を得たらば、所謂『之を立つれば斯に立ち、之を道けば斯に行き、之を綏んずれば斯に来たり、之を動かせば斯に和す。其の生くるや栄え、其の死するや哀しむ』。之を如何ぞ其れ及ぶ可けんや。」