塩鉄論 / 險固篇
文學曰:「秦左殽、函、右隴阺、前蜀、漢、後山、河、四塞以為固、金城千里、良將勇士、設利器而守陘隧、墨子守雲梯之械也。以為雖湯、武復生、蚩尤復起、不輕攻也。然戍卒陳勝無將帥之任、師旅之眾、奮空拳而破百萬之師、無墻籬之難。故在德不在固。誠以仁義為阻、道德為塞、賢人為兵、聖人為守、則莫能入。如此則中國無狗吠之警、而邊境無鹿駭狼顧之憂矣。夫何妄行而之乎?」
新字:文学曰:「秦左殽、函、右隴阺、前蜀、漢、後山、河、四塞以為固、金城千里、良将勇士、設利器而守陘隧、墨子守雲梯之械也。以為雖湯、武復生、蚩尤復起、不軽攻也。然戍卒陳勝無将帥之任、師旅之眾、奮空拳而破百万之師、無墻籬之難。故在徳不在固。誠以仁義為阻、道徳為塞、賢人為兵、聖人為守、則莫能入。如此則中国無狗吠之警、而辺境無鹿駭狼顧之憂矣。夫何妄行而之乎?」
書き下し
文學曰く、秦は殽・函を左にし、隴阺を右にし、蜀・漢を前にし、山・河を後にす。四塞以て固と為し、金城千里。良將勇士、利器を設けて陘隧を守ること、墨子の雲梯の械を守るがごときなり。以為えらく、湯・武復た生き、蚩尤復た起こると雖も、輕々しく攻めざらんと。然れども戍卒の陳勝、將帥の任、師旅の眾無く、空拳を奮いて百萬の師を破る。墻籬の難無し。故に德に在りて固に在らず。誠に仁義を以て阻と為し、道德を塞と為し、賢人を兵と為し、聖人を守と為さば、則ち能く入る莫し。此くの如くんば則ち中國に狗吠の警無く、而して邊境に鹿駭狼顧の憂い無からん。夫れ何ぞ妄行して之かんや。
現代語訳
文学が言った。「秦は殽山と函谷関を左にし、隴阺を右にし、蜀と漢中を前にし、山と黄河を後ろにしていました。四方の塞を固めとし、金の城壁が千里に及ぶ。良い将と勇ましい兵が鋭い武器を備えて山道を守るさまは、墨子が雲梯の攻めを守り切ったようでした。湯王や武王が生き返り、蚩尤がふたたび起こっても、軽々しくは攻められまいと思われたのです。ところが守備兵の陳勝は、将帥の任もなく、軍勢も持たず、素手を振るって百万の軍を破った。垣根の難など無かったのです。だから固めではなく徳にあるのです。まことに仁義を険しさとし、道徳を塞とし、賢人を兵とし、聖人を守りとするなら、誰も入ることはできません。そうであれば中国に犬の吠える騒ぎはなく、辺境にも鹿のように驚き狼のように振り返る憂いはない。どうしてむやみに動き回ることがありましょう」
解説
この章句が説くこと
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