塩鉄論 / 世務篇
大夫曰:「布心腹、質情素、信誠內感、義形乎色。宋華元、楚司馬子反之相睹也、符契內合、誠有以相信也。今匈奴挾不信之心、懷不測之詐、見利如前、乘便而起、潛進市側、以襲無備。是猶措重寶於道路而莫之守也。求其不亡、何可得乎?」
新字:大夫曰:「布心腹、質情素、信誠内感、義形乎色。宋華元、楚司馬子反之相睹也、符契内合、誠有以相信也。今匈奴挟不信之心、懐不測之詐、見利如前、乗便而起、潜進市側、以襲無備。是猶措重宝於道路而莫之守也。求其不亡、何可得乎?」
書き下し
大夫曰く、心腹を布き、情素を質し、信誠內に感じ、義は色に形わる。宋の華元、楚の司馬子反の相い睹るや、符契內に合す。誠に以て相信ずる有ればなり。今、匈奴は不信の心を挾み、不測の詐を懷く。利を見れば前むが如く、便に乘じて起こる。潛かに市の側に進み、以て備え無きを襲う。是れ猶お重寶を道路に措きて之を守る莫きがごときなり。其の亡わざるを求むるも、何ぞ得可けんや。
現代語訳
大夫が言った。「腹の内を広げ、ありのままの情を差し出し、まことが内から通じ、義が顔つきに表れる。宋の華元と楚の司馬子反が互いに会ったときは、割符が内側で合うように通じた。まことに互いを信じるものがあったからだ。いま匈奴は信の無い心をひそめ、はかりがたい偽りを抱いている。利を見れば前に出て、隙に乗じて起こる。ひそかに市の傍らまで進み、備えの無いところを襲うのだ。これでは重い宝を道端に置いて誰も見張らないのと同じだ。それが失われずにすむようにと願っても、どうして叶うだろうか」
解説
文学が仁による感化を説いたのに対し、大夫は信頼が成り立つ条件のほうを示した段です。宋の華元と楚の子反は、割符が合うように通じた。信じるに足るものが互いにあったからだ、と。信義そのものはまず認めます。そのうえで相手を見ました。利を見れば前に出て、市の傍らまで進んで備えの無いところを襲う、と。締めは日常の比喩でした。**重い宝を道端に置いて、誰も見張らない。**それで失われずにすむと願うほうが無理だ、と。
この章句が説くこと
重宝を道路に措きて之を守る莫きがごとし信誠内に感じ義は色に形わる匈奴は不信の心を挟み不測の詐を懐く信頼条件用心
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