塩鉄論 / 西域篇
文學曰:「有司言外國之事、議者皆僥一時之權、不慮其後。張騫言大宛之天馬汗血、安息之真玉大鳥、縣官既聞如甘心焉、乃大興師伐宛、歷數期而後克之。夫萬里而攻人之國、兵未戰而物故過半、雖破宛得寶馬、非計也。當此之時、將卒方赤面而事四夷、師旅相望、郡國並發、黎人困苦、奸偽萌生、盜賊並起、守尉不能禁、城邑不能止。然後遣上大夫衣繡衣以興擊之。當此時、百姓元元、莫必其命、故山東豪傑、頗有異心。賴先帝聖靈斐然。其咎皆在於欲畢匈奴而遠幾也。為主計若此、可謂忠乎?」
新字:文学曰:「有司言外国之事、議者皆僥一時之権、不慮其後。張騫言大宛之天馬汗血、安息之真玉大鳥、県官既聞如甘心焉、乃大興師伐宛、歴数期而後克之。夫万里而攻人之国、兵未戦而物故過半、雖破宛得宝馬、非計也。当此之時、将卒方赤面而事四夷、師旅相望、郡国並発、黎人困苦、奸偽萌生、盗賊並起、守尉不能禁、城邑不能止。然後遣上大夫衣繍衣以興撃之。当此時、百姓元元、莫必其命、故山東豪傑、頗有異心。頼先帝聖霊斐然。其咎皆在於欲畢匈奴而遠幾也。為主計若此、可謂忠乎?」
書き下し
文學曰く、有司の外國の事を言うや、議者は皆な一時の權を僥い、其の後を慮らず。張騫、大宛の天馬汗血、安息の真玉大鳥を言う。縣官既に聞きて甘心するが如し。乃ち大いに師を興して宛を伐ち、數期を歷て而る後に之に克つ。夫れ萬里にして人の國を攻むるに、兵未だ戰わずして物故半ばを過ぐ。宛を破りて寶馬を得たりと雖も、計に非ざるなり。此の時に當たりて、將卒は方に面を赤くして四夷に事う。師旅相望み、郡國並び發し、黎人困苦し、奸偽萌生し、盜賊並び起こる。守尉禁ずる能わず、城邑止むる能わず。然る後に上大夫を遣わし繡衣を衣て以て興ちて之を擊たしむ。此の時に當たりて、百姓元元、其の命を必とする莫し。故に山東の豪傑、頗る異心有り。先帝の聖靈斐然たるに賴る。其の咎は皆な匈奴を畢えんと欲して遠く幾うに在り。主の為に計ること此くの若きは、忠と謂う可きか。
現代語訳
文学が言った。「役人が外国のことを言うとき、議論する者はみな一時の権勢を当て込んで、その後を考えません。張騫が大宛の汗血の天馬、安息の真の玉と大鳥のことを言いました。お上はそれを聞いて心を奪われたのです。そこで大軍を起こして大宛を伐ち、何年もかかってようやく勝った。万里の彼方で他国を攻めるのですから、兵はまだ戦わないうちに半分以上が死んでいます。大宛を破って宝馬を得たとはいえ、計とは言えません。そのころ将も兵も顔を赤くして四方の異民族にかかりきりでした。軍は連なり、郡国はいっせいに徴発され、民は苦しみ、偽りが芽生え、盗賊が各地に起こった。郡の守も尉も禁じられず、城邑も止められない。そこで上大夫を繍衣の使者として遣わし、立って討たせたのです。そのころ民衆は、誰も自分の命を確かなものとは思えなかった。だから山東の豪傑には、ずいぶんと叛く心がありました。先帝の聖なる御霊が輝いておられたからこそ、持ちこたえたのです。その咎はすべて、匈奴を片づけようとして遠くを望んだところにありました。主君のために計ることがこのようであるのは、忠と言えるでしょうか」
解説
この章句が説くこと
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