塩鉄論 / 西域篇
文學曰:「吳、越迫於江、海、三川循環之、處於五湖之間、地相迫、壤相次、其勢易以相禽也。金鼓未聞、旌旗未舒、行軍未定、兵以接矣。師無輜重之費、士無乏絕之勞、此所謂食於廚倉而戰於門郊者也。今匈奴牧於無窮之澤、東西南北、不可窮極、雖輕車利馬、不能得也、況負重嬴兵以求之乎?其勢不相及也。茫茫乎若行九臯未知所止、皓皓乎若無網羅而漁江、海、雖及之、三軍罷弊、適遺之餌也。故明王知其無所利、以為役不可數行、而權不可久張也、故詔公卿大夫、賢良、文學、所以復枉興微之路。公卿宜思百姓之急、匈奴之害、緣聖主之心、定安平之業。今乃留心於末計、摧本議、不順上意、未為盡於忠也。
新字:文学曰:「呉、越迫於江、海、三川循環之、処於五湖之間、地相迫、壤相次、其勢易以相禽也。金鼓未聞、旌旗未舒、行軍未定、兵以接矣。師無輜重之費、士無乏絶之労、此所謂食於廚倉而戦於門郊者也。今匈奴牧於無窮之沢、東西南北、不可窮極、雖軽車利馬、不能得也、況負重嬴兵以求之乎?其勢不相及也。茫茫乎若行九皋未知所止、皓皓乎若無網羅而漁江、海、雖及之、三軍罷弊、適遺之餌也。故明王知其無所利、以為役不可数行、而権不可久張也、故詔公卿大夫、賢良、文学、所以復枉興微之路。公卿宜思百姓之急、匈奴之害、縁聖主之心、定安平之業。今乃留心於末計、摧本議、不順上意、未為尽於忠也。
書き下し
文學曰く、吳・越は江・海に迫り、三川之を循環し、五湖の間に處る。地相迫り、壤相次ぐ。其の勢い以て相禽にし易きなり。金鼓未だ聞こえず、旌旗未だ舒べず、行軍未だ定まらざるに、兵以て接せり。師に輜重の費無く、士に乏絕の勞無し。此れ所謂る廚倉に食して門郊に戰う者なり。今、匈奴は無窮の澤に牧す。東西南北、窮極す可からず。輕車利馬と雖も、得る能わず。況んや重きを負い兵を嬴ねて以て之を求むるをや。其の勢い相及ばざるなり。茫茫乎として九臯を行きて未だ止まる所を知らざるが若く、皓皓乎として網羅無くして江・海に漁するが若し。之に及ぶと雖も、三軍罷弊し、適々之に餌を遺すなり。故に明王は其の利する所無きを知り、以為えらく役は數々行う可からず、而して權は久しく張る可からずと。故に公卿大夫・賢良・文學に詔す。枉れるを復し微れたるを興す所以の路なり。公卿は宜しく百姓の急、匈奴の害を思い、聖主の心に緣りて、安平の業を定むべし。今乃ち心を末計に留め、本議を摧き、上意に順わざるは、未だ忠を盡くせりと為さざるなり。
現代語訳
文学が言った。「呉と越は長江と海に迫られ、三つの川がそのまわりを巡り、五湖の間に位置していました。土地は隣り合い、地続きです。その勢いからして互いを捕らえやすかったのです。鉦や太鼓もまだ聞こえず、旗もまだ広げず、行軍の隊形も定まらないうちに、もう兵は接している。軍に輜重の費用はなく、兵に食糧を絶たれる苦労もない。これがいわゆる自分の台所で食べて門の外で戦うというものです。いま匈奴は果てしない沢に牧を営んでいます。東西南北、きわめ尽くすことができない。軽い車と足の速い馬をもってしても捕まえられません。まして重い荷を負い兵を引き連れて追い求めるなど、どうでしょう。その勢いでは届かないのです。茫漠として深い沢を歩き、どこで止まるかもわからないようであり、白々として網も持たずに長江や海で漁をするようなものです。たとえ追いついたとしても、全軍は疲れ果て、かえって敵に餌をやるだけです。だから明君はそこに利が無いと知り、軍役はたびたび起こしてはならず、権は長く張ってはならないと考えられました。だからこそ公卿大夫と賢良・文学に詔を下されたのです。曲がったものを正し、衰えたものを興すための道でした。公卿は民の急、匈奴の害を思い、聖主のお心に沿って、安らかな治世の基を定めるべきです。それなのにいま末の計にばかり心を留め、根本の議論をくじき、主上の意に従わないのは、忠を尽くしたとは言えません」
解説
この章句が説くこと
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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