塩鉄論 / 結和篇
大夫曰:「匈奴以虛名市於漢、而實不從、數為蠻、貊所紿、不痛之、何故也?高皇帝仗劍定九州、今以九州而不行於匈奴。閭里常民、尚有梟散、況萬里之主與小國之匈奴乎?夫以天下之力勤何不摧?以天下之士民何不服?今有帝名、而威不信於長城之外、反賂遺而尚踞敖、此五帝所不忍、三王所畢怒也。」
新字:大夫曰:「匈奴以虚名市於漢、而実不従、数為蠻、貊所紿、不痛之、何故也?高皇帝仗剣定九州、今以九州而不行於匈奴。閭里常民、尚有梟散、況万里之主与小国之匈奴乎?夫以天下之力勤何不摧?以天下之士民何不服?今有帝名、而威不信於長城之外、反賂遺而尚踞敖、此五帝所不忍、三王所畢怒也。」
書き下し
大夫曰く、匈奴は虛名を以て漢に市りて、實は從わず、數々蠻・貊の紿く所と為る。之を痛まざるは、何の故ぞや。高皇帝は劍に仗りて九州を定む。今、九州を以てして匈奴に行われず。閭里の常民すら、尚お梟散有り、況んや萬里の主と小國の匈奴とをや。夫れ天下の力を以てして勤めて何ぞ摧かざらん。天下の士民を以てして何ぞ服せざらん。今、帝の名有りて、威は長城の外に信びず、反って賂遺して尚お踞敖せらる。此れ五帝の忍びざる所、三王の畢く怒る所なり。
現代語訳
大夫が言った。「匈奴は空虚な名目を漢に売りつけるだけで、実際には従わず、こちらは何度も蛮貊にたぶらかされてきた。それを痛みと思わないのは、どういうわけか。高皇帝は剣一本で九州を定められた。その九州をもってしても、いまだ匈奴には通じない。村里のただの民でさえ、なお侮る相手を討ち散らすことはあるのだ。まして万里を治める主君と、小国にすぎない匈奴とではどうか。天下の力をもって務めれば、何が砕けないだろう。天下の士民をもってすれば、何が従わないだろう。いま皇帝の名がありながら、その威は長城の外に伸びず、かえって贈り物をした上で傲慢な態度をとられている。これは五帝が忍びえず、三王がこぞって怒ったであろうことだ」
解説
文学が暮らしの帳簿を並べたのに対し、大夫は面子の話へ引き戻した段です。贈り物はした、しかし相手は名目だけ売りつけて実は従わず、こちらは何度もたぶらかされてきた。ここで持ち出すのが規模の比較でした。村里のただの民でさえ侮りには報いる、まして万里を治める主君と小国の匈奴ではどうか、と。**贈り物をした上で、傲慢な態度をとられている。**費用ではなく、その一点を痛みとして数えています。
この章句が説くこと
帝の名有りて威は長城の外に信びず反って賂遺して尚お踞敖せらる天下の力を以てして何ぞ摧かざらん譲歩威信力
関連する章句
-
『塩鉄論』結和篇大夫曰く、漢興りて以來、好を修め和親を結び、單于に聘遺する所の者甚だ厚し。然れども重質厚賂の故を紀りて節を改めず、而して暴害滋々甚だし。先帝は其の武を以て折る可くして、德を以て懷く可からざるを睹る。故に將帥を廣め、奮擊を招き、以て厥の罪を誅す。功勛粲然として、海內に著れ、記府に藏む。何ぞ『十を亡いて一を獲』と命わんや。夫れ偷安する者は後に危うく、近きを慮る者は邇きを憂う。賢者は俗を離れ、智士は權りて行う。君子の慮る所、眾庶は焉を疑う。故に民は與に成るを觀る可きも、與に始めを圖る可からず。此れ有司の獨り見る所にして、文學の睹ざる所なり。
-
『塩鉄論』本議篇大夫曰く、匈奴は桀黠にして、擅恣に塞に入り、中國を犯厲し、郡・縣・朔方都尉を殺伐す。甚だ悖逆不軌なり。之を誅討すべきこと日久し。陛下大惠を垂れ、元元の未だ贍らざるを哀れみ、士大夫を原野に暴すに忍びず。縱い堅を被り銳を執り、北面して匈奴に復するの志有ること難きも、又た鹽・鐵・均輸を罷めて、邊用を擾し、武略を損じ、邊を憂うるの心無きは、其の義に於いて未だ便ならざるなり、と。
-
『塩鉄論』伐功篇大夫曰く、齊の桓公は燕を越えて山戎を伐ち、孤竹を破り、令支を殘う。趙の武靈王は句註を踰え、代谷を過ぎ、林胡・樓煩を略滅す。燕は東胡を襲いて走らせ、地を辟くこと千里、遼東を度りて朝鮮を攻む。蒙公は秦の為に匈奴を擊ち走らすこと、鷙鳥の群雀を追うが若し。匈奴は勢い懾れ、敢えて南面して望まざること十餘年。其の後に及び、蒙公死して諸侯秦に叛き、中國擾亂して、匈奴紛紛たり。乃ち敢えて復た邊寇を為す。夫れ小國の燕・趙を以てすら、尚お猶お寇虜を卻けて以て地を廣む。今、漢國の大、士民の力を以てすれば、特に齊桓の眾、燕・趙の師のみに非ざるなり。然れども匈奴の久しく未だ服せざる者は、群臣力を幷せず、上下未だ諧わざるが故なり。
-
『塩鉄論』西域篇大夫曰く、往者、匈奴は河・山の險に據り、田牧の利を擅にし、民富み兵強く、行りて入りて寇を為す。則ち句註の內驚動し、而して上郡以南咸な城す。文帝の時、虜蕭關に入り、烽火甘泉に通ず。群臣懼れて出づる所を知らず、乃ち京師に屯して以て胡に備えんことを請う。胡は西のかた大宛・康居の屬を役し、南のかた群羌と通ず。先帝推し進みて廣饒の地を斥奪し、張掖以西を建て、羌・胡を隔絕し、其の援を瓜分す。是を以て西域の國、皆な內に匈奴を拒み、其の右臂を斷つ。劍を曳きて走る。故に人を募りて田畜し以て用を廣む。長城以南、塞に濱する郡、馬牛放縱し、蓄積野に布く。未だ其の計の過つ所を睹ず。夫れ弱越を以て強吳に意を遂ぐ。才地計眾は鈞しきに非ざるなり。主思い臣謀らば、其の往くこと必せり。
-
『塩鉄論』擊之篇賢良・文學既に拜し、咸な列大夫に取られ、丞相・御史に辭す。/大夫曰く、前に公事を議するに、賢良・文學は往古を稱引して、頗る世務に乖けり。論ずる者は必ずしも相い反せず、行うべきに期す。往者、縣官の未だ胡・越に事えざるの時、邊城は四面に敵を受け、北邊は尤も其の苦を被れり。先帝は三方の難を絕ち、方國を撫從して、以て蕃蔽と為し、郡國を窮極して、以て匈奴を討てり。匈奴は壤界獸圈にして、孤弱にして與する無し、此れ困亡の時なり。遼遠にして遂げず、復た喘息するを得しめ、士馬を休養し、西域を負紿せしむ。西域は胡寇に迫近す、沮心內に解くれば、必ず巨患と為らん。是を以て主上は掃除せんと欲す、倉廩の費を煩わすなり。終日禽を逐い、罷れて之を釋つは、則ち計に非ざるなり。蓋し舜は緒を紹ぎ、禹は功を成せり。今、軍興を以て之を擊たんと欲す、何如。
-
『塩鉄論』和親篇大夫曰く、春秋よりこのかた諸夏の君、會聚して相結ぶも、三會の後、乖疑して相從い、伐戰止まず。六國從親し、冠帶相接するも、然れども未だ嘗て堅約有らず。況んや禽獸の國をや。春秋、君を存して楚に在り。詰鼬の會に公を書す。夷・狄を紿くなり。匈奴は數々和親して、常に先ず約を犯す。貪侵盜驅、詐りを長ずるの國なり。反復して信無く、百たび約して百たび叛く。朱・象の移らず、商均の化せざるが若し。而るに其の用兵の備えを信じ、之に親しむに德を以てせんと欲するも、亦た難きかな。