塩鉄論 / 取下篇
公卿愀然、寂若無人。於是遂罷議止詞。奏曰:「賢良、文學不明縣官事、猥以鹽、鐵為不便。請且罷郡國榷沽、關內鐵官。」奏曰︰「可。」
新字:公卿愀然、寂若無人。於是遂罷議止詞。奏曰:「賢良、文学不明県官事、猥以塩、鉄為不便。請且罷郡国榷沽、関内鉄官。」奏曰︰「可。」
書き下し
公卿愀然として、寂として人無きが若し。是に於いて遂に議を罷め詞を止む。/奏して曰く、『賢良・文學は縣官の事に明らかならず、猥りに鹽・鐵を以て不便と為す。請う、且く郡國の榷沽、關內の鐵官を罷めん』と。/奏して曰く、『可なり』と。
現代語訳
公卿たちは顔色を変えて沈み込み、あたりは人がいないかのように静まり返った。そこでついに議論は打ち切られ、言葉は止んだ。/上奏して言った。「賢良と文学は官の実務に通じておらず、みだりに塩と鉄の専売を不便だとしています。願わくは、ひとまず郡国の酒の専売と、関内の鉄官を廃止いたしたい」。/その上奏に対し、「可」とのお答えがあった。
解説
六十篇にわたる討論が終わる場面です。**公卿は顔色を変えて沈み込み、あたりは人がいないかのように静まり返った。**そして議は打ち切られます。続く上奏が面白い。「賢良・文学は実務に通じておらず、みだりに不便だと言っている」と否定しながら、酒の専売と関内の鉄官の廃止を願い出ている。負けを認めずに、一部だけ引き取った形です。裁可はただ一字、「可」。長い議論が実際に動かしたものの大きさが、この三行に収まっています。
この章句が説くこと
公卿愀然として寂として人無きが若し且く郡国の榷沽関内の鉄官を罷めん奏して曰く可なり決着会議部分的
関連する章句
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『塩鉄論』國疾篇丞相史曰く、夫れ國家の政事を辯じ、執政の得失を論ずるに、何ぞ徐徐として道理もて相い喩さざる、何ぞ切切として此くの如きに至らんや。大夫の鹽・鐵を罷むるを難ずるは、私有るに非ざるなり、國家の用、邊境の費を憂うればなり。諸生の誾誾として鹽・鐵を爭うも、亦た己の為に非ざるなり、之を古に反して仁義を輔成せんと欲すればなり。二者各々宗とする所有り、時世務を異にす、又た安んぞ堅く古術に任じて今の理を非とすべけんや。且つ夫れ小雅の人を非とするや、必ず以て之に易うる有り。諸生若し能く國中を安集し、遠方を懷來し、邊境をして寇虜の災無からしむること有らば、租稅も盡く諸生の為に之を除かん、何ぞ況んや鹽・鐵・均輸をや。術儒を貴ぶ所以の者は、其の謙に處り推讓し、道を以て人を盡くすを貴べばなり。今辯訟愕愕然として、赤・賜の辭無くして、鄙倍の色を見る、聞く所に非ざるなり。大夫の言は過てり、而して諸生も亦た之くのごとし、諸生直だ大夫に謝せざるのみ。
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『塩鉄論』取下篇大夫曰く、不軌の民は、公利を困橈して、山澤を擅にせんと欲す。文學・賢良の意に從えば、則ち利は下に歸して、縣官為すべき者無し。上の行う所は則ち之を非とし、上の言う所は則ち之を譏る、專ら上を損じて下に徇い、主を虧きて臣に適せんと欲す、尚お安んぞ上下の義、君臣の禮を得んや。而して何ぞ頌聲の能く作らんや。
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『塩鉄論』利議篇文學曰く、諸生の對册は、路を殊にして歸を同じくす、指は禮義を崇び、財利を退け、往古の道に復り、當世の失を匡すに在り、太平を云わざる莫し、未だ盡くは亶だ用うべからずと雖も、宜しく行うべき者有るが若し。執事は明禮に闇くして、利末に喩り、事を沮み議を隋つ、計慮籌策、故を以て今に至るまで未だ決せず。儒に成事無きに非ず、公卿の利を成さんと欲すればなり。
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『塩鉄論』本議篇惟れ始元六年、詔書有りて丞相・御史をして舉ぐる所の賢良・文學と語らしめ、民間の疾苦する所を問わしむ。
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『塩鉄論』水旱篇大夫曰く、議する者は其の辭約にして指の明らかなるを貴ぶ。眾人の聽に可なれば、繁文稠辭に至らず。多言は有司の俗を化するの計を害して、家人の語となる。陶朱の生を為すや、本末徑を異にし、一家に數事ありて、治生の道乃ち備わる。今、縣官農器を鑄て、民をして本を務め、末に營まざらしむれば、則ち饑寒の累い無し。鹽・鐵、何ぞ害あらんとして罷めんや。
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『塩鉄論』復古篇大夫曰く、故の扇水都尉彭祖寧に歸り、言えらく、『鹽・鐵の令品、令品甚だ明らかなり。卒徒は縣官に衣食し、鐵器を作鑄して、給用甚だ眾く、民に妨げ無し。而るに吏或いは良ならず、禁令行われず、故に民之を煩苦す』と。令の意は鹽・鐵を總一するは、獨り利入の為のみに非ず、將に以て本を建て末を抑え、朋黨を離し、淫侈を禁じ、幷兼の路を絕たんとするなり。古者、名山大澤は以て封ぜず、下の利を專らにするが為なり。山海の利、廣澤の畜えは、天地の藏なり、皆宜しく少府に屬すべきも、陛下は私せず、以て大司農に屬せしめ、以て百姓を佐助す。浮食奇民は、山海の貨を擅にせんと好欲し、以て富業を致し、細民を役利す、故に事を沮み議する者眾し。鐵器兵刃は、天下の大用なり、眾庶の宜しく事とすべき所に非ざるなり。往者、豪強大家は、山海の利を管するを得、鐵石を采り鼓鑄し、海を煮て鹽と為す。一家に眾を聚むること、或いは千餘人に至る、大抵は盡く放流の人民を收むるなり。遠く鄉里を去り、墳墓を棄て、大家に依倚し、深山窮澤の中に聚まり、奸偽の業を成し、朋黨の權を遂ぐ、其の輕がるしく非を為すこと亦た大なり。今者、賢を進むるの途を廣め、守尉を練り擇ぶ、鹽・鐵を去るを待たずして民を安んずるなり。