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塩鉄論 / 水旱篇

大夫曰:「議者貴其辭約而指明、可於眾人之聽、不至繁文稠辭、多言害有司化俗之計、而家人語。陶朱為生、本末異徑、一家數事、而治生之道乃備。今縣官鑄農器、使民務本、不營於末、則無饑寒之累。鹽、鐵何害而罷?」

新字:大夫曰:「議者貴其辞約而指明、可於眾人之聴、不至繁文稠辞、多言害有司化俗之計、而家人語。陶朱為生、本末異径、一家数事、而治生之道乃備。今県官鋳農器、使民務本、不営於末、則無饑寒之累。塩、鉄何害而罷?」

書き下し

大夫曰く、議する者は其の辭約にして指の明らかなるを貴ぶ。眾人の聽に可なれば、繁文稠辭に至らず。多言は有司の俗を化するの計を害して、家人の語となる。陶朱の生を為すや、本末徑を異にし、一家に數事ありて、治生の道乃ち備わる。今、縣官農器を鑄て、民をして本を務め、末に營まざらしむれば、則ち饑寒の累い無し。鹽・鐵、何ぞ害あらんとして罷めんや。

現代語訳

大夫が言った。「議論する者は、言葉が簡潔で趣旨が明快であることを尊ぶ。多くの人の耳に受け入れられるなら、飾りの多い長話にはならない。言葉が多ければ、担当官が風俗を改めようとする方策を損ない、ただの世間話になってしまう。陶朱公が身代を築いたときは、本業と末業とで別々の道を用意し、一つの家がいくつもの事業を持って、はじめて生計の道が整った。いま官が農具を鋳造し、民に本業を務めさせ、末業に手を出させないようにすれば、飢えと寒さに苦しむことはない。塩と鉄の専売に、何の害があって、やめる必要があるのか」

解説

賢良の長広舌をまず切り捨てて、論点を専売の一点に戻した段です。**言葉が多ければ、ただの世間話になる。**そのうえで陶朱公を引きます。あの富豪でさえ本業と末業を分け、一家でいくつもの事業を持った、と。だから官が農具を鋳て民を本業に留めるのも同じ理屈だ、と続ける。長い理念論に対して「で、専売の何が害なのか」と一行で引き戻すのは、この討論で大夫がいちばん得意にしている手です。

この章句が説くこと

議する者は其の辞約にして指の明らかなるを貴ぶ多言は有司の計を害して家人の語となる塩・鉄何ぞ害あらんとして罷めんや簡潔論点専売

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