塩鉄論 / 國疾篇
丞相史曰:「夫辯國家之政事、論執政之得失、何不徐徐道理相喻、何至切切如此乎!大夫難罷鹽、鐵者、非有私也、憂國家之用、邊境之費也。諸生誾誾爭鹽、鐵、亦非為己也、欲反之於古而輔成仁義也。二者各有所宗、時世異務、又安可堅任古術而非今之理也。且夫小雅非人、必有以易之。諸生若有能安集國中、懷來遠方、使邊境無寇虜之災、租稅盡為諸生除之、何況鹽、鐵、均輸乎!所以貴術儒者、貴其處謙推讓、以道盡人。今辯訟愕愕然、無赤、賜之辭、而見鄙倍之色、非所聞也。大夫言過、而諸生亦如之、諸生不直謝大夫耳。」
新字:丞相史曰:「夫弁国家之政事、論執政之得失、何不徐徐道理相喩、何至切切如此乎!大夫難罷塩、鉄者、非有私也、憂国家之用、辺境之費也。諸生誾誾争塩、鉄、亦非為己也、欲反之於古而輔成仁義也。二者各有所宗、時世異務、又安可堅任古術而非今之理也。且夫小雅非人、必有以易之。諸生若有能安集国中、懐来遠方、使辺境無寇虜之災、租税尽為諸生除之、何況塩、鉄、均輸乎!所以貴術儒者、貴其処謙推譲、以道尽人。今弁訟愕愕然、無赤、賜之辞、而見鄙倍之色、非所聞也。大夫言過、而諸生亦如之、諸生不直謝大夫耳。」
書き下し
丞相史曰く、夫れ國家の政事を辯じ、執政の得失を論ずるに、何ぞ徐徐として道理もて相い喩さざる、何ぞ切切として此くの如きに至らんや。大夫の鹽・鐵を罷むるを難ずるは、私有るに非ざるなり、國家の用、邊境の費を憂うればなり。諸生の誾誾として鹽・鐵を爭うも、亦た己の為に非ざるなり、之を古に反して仁義を輔成せんと欲すればなり。二者各々宗とする所有り、時世務を異にす、又た安んぞ堅く古術に任じて今の理を非とすべけんや。且つ夫れ小雅の人を非とするや、必ず以て之に易うる有り。諸生若し能く國中を安集し、遠方を懷來し、邊境をして寇虜の災無からしむること有らば、租稅も盡く諸生の為に之を除かん、何ぞ況んや鹽・鐵・均輸をや。術儒を貴ぶ所以の者は、其の謙に處り推讓し、道を以て人を盡くすを貴べばなり。今辯訟愕愕然として、赤・賜の辭無くして、鄙倍の色を見る、聞く所に非ざるなり。大夫の言は過てり、而して諸生も亦た之くのごとし、諸生直だ大夫に謝せざるのみ。
現代語訳
丞相史が言った。「そもそも国家の政事を論じ、執政の得失を論じるのに、どうしてゆっくりと道理をもって諭し合わないのか。どうしてこれほど角を立てるに至るのか。大夫が塩鉄の廃止に反対するのは、私心があるからではない。国家の費用と辺境の費えを憂えているからだ。諸君が言い争って塩鉄を論じるのも、自分のためではない。古に立ち返って仁義を助け成そうとしているからだ。二者にはそれぞれ拠るところがあり、時代によって務めは違う。どうして古の術に固執して、今の道理を否とできようか。そもそも『詩経』小雅が人を非とするときは、必ずそれに代わるものを示している。もし諸君が国内を落ち着かせ、遠方を懐かせ、辺境から侵略の災いをなくすことができるなら、租税もすべて諸君のために取り除こう。まして塩鉄や均輸などなおさらだ。学術ある儒者を貴ぶのは、謙って身を置き人に譲り、道によって人を尽くすからである。ところがいまは言い争って声を荒らげ、公西赤や子貢のような言葉遣いはなく、粗野で道理に背く様子が見える。聞いていた話とは違う。大夫の言葉も過ぎたし、諸君もまた同じである。諸君はただ、大夫に詫びていないだけだ」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・五に主有れば則ち事成らざる無し意見の同じからざればなり。今仁者・義者・禮者・智者・信者の五人有りて一事を共にせば、五相濟せば則ち事成らざる無く、五に主有れば則ち事敗れざる無し。仁者は寬を欲し、義者は嚴を欲し、智者は巧を欲し、信者は實を欲し、禮者は文を欲す。事胡ぞ以て成らんや。此れ他無し、自ら是とするの心勝ちて、相持するの勢均しければなり。往事を歷觀するに、每に意見を以て相爭ひ、人の國家を亡ぼすに至り、禍變を釀成して顧みざる有り。君子の罪大なるかな。
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『墨子』尚同下然らば下の情を得るを計るに將に奈何せば可ならんとするか。故に子墨子曰く、「唯だ能く尚同一義を以て政を為して、然る後に可なり。何を以て尚同一義の可にして天下に政を為すを知るや。然らば胡ぞ古の治めて政を為すの説を審らかに稽えざるや。古者、天の始めて民を生ずるや、未だ正長有らざるなり。百姓、政を為す。若し茍くも百姓、政を為さば、是れ一人一義、十人十義、百人百義、千人千義なり。人の衆きこと勝げて計う可からざるに逮び至れば、則ち其の義と謂う所の者も、亦た勝げて計う可からず。此れ皆な其の義を是として、人の義を非とす。是を以て厚き者は鬬有り、而して薄き者は争有り。是の故に天下の一天下の義を同じくせんと欲するなり。是の故に賢者を選擇し、立てて天子と為す。
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『呻吟語』外篇・品藻・人の相ひ病むこと終已無し中庸の道明らかならざるより、人の相ひ病むこと終已無し。狷介の人は和易なる者を病みて熟軟と為し、和易の人は狷介なる者を病みて乖戾と為す。率真の人は慎密なる者を病みて深險と為し、慎密の人は率真なる者を病みて粗疏と為す。精明の人は渾厚なる者を病みて含糊と為し、渾厚の人は精明なる者を病みて苛刻と為す。之を孔子に質さしめば、吾其の必ず公案有るを知る。孔子なる者は、千聖を一身に合し、萬善を一心に萃め、事に隨ひて時に之を出だし、人に因りて之を通變す。
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易経・彖伝睽(けい)は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、其の志行を同じくせず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。是を以て小事に吉なり。天地睽(そむ)きて其の事同じきなり。男女睽きて其の志通ずるなり。万物睽きて其の事類するなり。睽の時用大なるかな。
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『墨子』節葬下今、昔者の三代の聖王の既に沒せしに逮び至りて、天下、義を失う。後世の君子、或いは厚葬久喪を以て仁と為し、義と為し、孝子の事と為す。或いは厚葬久喪を以て仁義に非ず、孝子の事に非ずと為す。曰く、二子なる者は、言は則ち相い非とし、行いは即ち相い反す。皆な曰く、「吾れ上は堯舜禹湯文武の道を祖述する者なり」と。而も言は即ち相い非とし、行いは即ち相い反す。此に於て後世の君子、皆な二子なる者の言に疑惑す。

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