塩鉄論 / 崇禮篇
大夫曰:「飾几杖、修樽俎、為賓、非為主也。炫耀奇怪、所以陳四夷、非為民也。夫家人有客、尚有倡優奇變之樂、而況縣官乎?故列羽旄、陳戎馬、所以示威武、奇蟲珍怪、所以示懷廣遠、明盛德、遠國莫不至也。」
新字:大夫曰:「飾几杖、修樽俎、為賓、非為主也。炫耀奇怪、所以陳四夷、非為民也。夫家人有客、尚有倡優奇変之楽、而況県官乎?故列羽旄、陳戎馬、所以示威武、奇虫珍怪、所以示懐広遠、明盛徳、遠国莫不至也。」
書き下し
大夫曰く、几杖を飾り、樽俎を修むるは、賓の為にして、主の為に非ざるなり。奇怪を炫耀するは、四夷に陳ぬる所以にして、民の為に非ざるなり。夫れ家人にすら客有れば、尚お倡優奇變の樂有り、而るを況んや縣官をや。故に羽旄を列ね、戎馬を陳ぬるは、威武を示す所以、奇蟲珍怪は、懷くること廣遠なるを示し、盛德を明らかにする所以なり、遠國至らざるは莫し。
現代語訳
大夫が言った。「肘掛けや杖を飾り、酒器や俎を整えるのは、客のためであって、主人のためではない。珍奇なものを見せびらかすのは、四方の異民族に示すためであって、民のためではない。そもそも一般の家でさえ客があれば芸人や曲芸の見世物を用意する。まして国ならなおさらだ。だから羽根飾りの旗を並べ、軍馬を陳列するのは武威を示すためであり、珍しい虫や獣を見せるのは、遠方まで包み込んでいることを示し、盛んな徳を明らかにするためである。だから遠い国で来ない国はないのだ」
解説
篇が「崇礼」に移り、話題は迎賓の儀礼と見世物になります。大夫の理屈は明快です。**飾りは客のためであって、主人のためではない。**だから贅沢だという批判は当たらない、と。羽根飾りの旗と軍馬は武威、珍しい獣は包容の広さ。すべて対外的な効果として説明します。民の暮らしを削って何を見せているのか、という論点を、外交の話へ移した段です。
この章句が説くこと
几杖を飾り樽俎を修むるは賓の為にして主の為に非ざるなり奇虫珍怪は懐くること広遠なるを示す所以羽旄を列ね戎馬を陳ぬるは威武を示す所以演出対外儀礼
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