塩鉄論 / 水旱篇
賢良曰:「農、天下之大業也、鐵器、民之大用也。器用便利、則用力少而得作多、農夫樂事勸功。用不具、則田疇荒、穀不殖、用力鮮、功自半。器便與不便、其功相什而倍也。縣官鼓鑄鐵器、大抵多為大器、務應員程、不給民用。民用鈍弊、割草不痛、是以農夫作劇、得獲者少、百姓苦之矣。」
新字:賢良曰:「農、天下之大業也、鉄器、民之大用也。器用便利、則用力少而得作多、農夫楽事勧功。用不具、則田疇荒、穀不殖、用力鮮、功自半。器便与不便、其功相什而倍也。県官鼓鋳鉄器、大抵多為大器、務応員程、不給民用。民用鈍弊、割草不痛、是以農夫作劇、得獲者少、百姓苦之矣。」
書き下し
賢良曰く、農は天下の大業なり、鐵器は民の大用なり。器用便利なれば、則ち力を用うること少なくして作を得ること多く、農夫は事を樂しみ功を勸む。用具わらざれば、則ち田疇荒れ、穀殖えず、力を用うること鮮くして、功自ずから半ばす。器の便と不便と、其の功相い什して倍するなり。縣官の鐵器を鼓鑄するや、大抵多く大器を為り、員程に應ずるを務めて、民用に給せず。民用は鈍弊にして、草を割るも痛からず、是を以て農夫は作劇しくして、獲るを得る者少なく、百姓之に苦しむ。
現代語訳
賢良が言った。「農は天下の大事業であり、鉄の道具は民にとって欠かせぬものです。道具が使いやすければ、少ない力で多くの仕事ができ、農夫は仕事を楽しんで励みます。道具がそろわなければ、田畑は荒れ、穀物は実らず、力を出せる場面も少なく、成果はおのずと半分になる。道具が使いやすいかどうかで、成果は十倍にも倍にも変わるのです。官が鉄器を鋳造すると、たいていは大きな器物ばかりを作り、割り当ての員数と工程をこなすことに追われて、民の使う道具まで手が回らない。民の道具は鈍く傷んでいて、草を刈っても切れ味がない。だから農夫の仕事はきつくなり、収穫を得る者は少なく、民はこれに苦しんでいるのです」
解説
専売の害を、はじめて手元の道具の話に落とした段です。**割り当ての員数と工程をこなすことに追われて、民の使う道具まで手が回らない。**官営がなぜ現場に届かないかを、生産計画の側から説明しています。切れない鎌で刈れば、同じ労力で収穫は半分になる。道具の良し悪しで成果は十倍にも変わる、という一行が効いています。理念ではなく刃先の話で反論した点が、この段の新しいところです。
この章句が説くこと
器の便と不便と其の功相い什して倍するなり員程に応ずるを務めて民用に給せず民用は鈍弊にして草を割るも痛からず道具現場官営
関連する章句
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『韓非子』外儲說左上第三十二(謳癸)行く者止まりて觀、築く者倦まず。...(射稽)行者止まらず、築く者倦むを知る。...王試みに其の功を度れ。...癸は四板...射稽は八板なり。
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『塩鉄論』水旱篇賢良曰く、卒徒工匠とや。故に民の租を占めて鼓鑄し、鹽を煮るを得し時、鹽は五穀と賈を同じくし、器は和利にして用に中れり。今、縣官の鐵器を作るや、多く苦惡にして、用費省かれず、卒徒煩わしくして力作盡くさず。家人相い一にし、父子力を戮せ、各々善器を為るを務め、器の善からざる者は集まらず。農事急なれば、挽運して之を阡陌の間に衍く。民相い與に市買し、財貨・五穀・新幣を以て貨に易うるを得、或いは時に民に貰し、作業を棄てず。田器を置くに、各々欲する所を得たり。更繇は省約にして、縣官は徒を以て復た作りて道橋諸發を繕治す、民之を便とせり。今、其の原を總べ、其の賈を壹にすれば、器多く堅くして、善惡擇ぶ所無し。吏數しば在らず、器得難し。家人多く儲うる能わず、多く儲うれば則ち鎮生ず。膏腴の日を棄てて、遠く田器を市れば、則ち良時に後る。鹽・鐵の賈貴くして、百姓便ならず。貧民は或いは木もて耕し手もて耨り、土耰して淡食す。鐵官は器を賣るも售れず、或いは頗る民に賦與す。卒徒作りて呈に中らず、時に命じて之を助けしむ。發征限り無く、更繇以て劇を均しくす、故に百姓之に疾苦す。古者、千室の邑、百乘の家、陶冶工商、四民の求め、以て相い更うるに足れり。故に農民は畦畝を離れずして田器に足り、工人は斬伐せずして材木に足り、陶冶は田を耕さずして粟米に足る、百姓各々其の便を得て、上は事無し。是を以て王者は本を務めて末を作さず、炫耀を去り、雕琢を除き、民を湛うるに禮を以てし、民に示すに樸を以てす、是を以て百姓は本を務めて末に營まず。
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『塩鉄論』禁耕篇文學曰く、山海は、財用の寶路なり。鐵器は、農夫の死士なり。死士用いらるれば、則ち仇讎滅び、仇讎滅ぶれば、則ち田野辟け、田野辟けて五穀熟す。寶路開くれば、則ち百姓贍かにして民用給り、民用給れば則ち國富む。國富みて之に教うるに禮を以てすれば、則ち道を行くに讓有りて、工商相い豫らず、人は敦樸を懷きて以て相い接し、而して相い利せず。夫れ秦・楚・燕・齊は、土力同じからず、剛柔勢を異にす、巨小の用、居句の宜しき、黨殊なり俗易わり、各々便とする所有り。縣官籠して之を一にすれば、則ち鐵器は其の宜しきを失いて、農民は其の便を失う。器用便ならざれば、則ち農夫は野に罷れて草萊辟けず。草萊辟けざれば、則ち民困乏す。故に鹽冶の處は、大抵皆山川に依り、鐵炭に近し、其の勢は咸な遠くして作は劇し。郡中の卒の踐更する者、多くは勘えず、庸を責め取りて代わらしむ。縣は或いは戶口を以て鐵を賦し、而も賤しく其の準を平らかにす。良家は道次を以て僦を發して鹽・鐵を運ばしむ、煩費にして、百姓之に病み苦しむ。愚窃かに一官の千里を傷るを見る、未だ其の朐・邴に在るを睹ざるなり。
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『塩鉄論』水旱篇大夫曰く、卒徒工匠は、縣官を以て日々公事を作す、財用饒かにして、器用備わる。家人合會すれば、日に褊くして用に勤め、鐵力銷煉せられず、堅柔和せず。故に有司は鹽・鐵を總べ、其の用を一にし、其の賈を平らかにし、以て百姓の公私を便にせんことを請えり。虞・夏の治を為すと雖も、此より易えず。吏其の教を明らかにし、工其の事を致さば、則ち剛柔和し、器用便なり。此れ則ち百姓何ぞ苦しみ、而して農夫何ぞ疾まんや。
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『塩鉄論』水旱篇大夫曰く、議する者は其の辭約にして指の明らかなるを貴ぶ。眾人の聽に可なれば、繁文稠辭に至らず。多言は有司の俗を化するの計を害して、家人の語となる。陶朱の生を為すや、本末徑を異にし、一家に數事ありて、治生の道乃ち備わる。今、縣官農器を鑄て、民をして本を務め、末に營まざらしむれば、則ち饑寒の累い無し。鹽・鐵、何ぞ害あらんとして罷めんや。
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『塩鉄論』本議篇大夫曰く、管子云う、國に沃野の饒有るも民の食に足らざる者は、器械備わらざればなり。山海の貨有るも民の財に足らざる者は、商工備わらざればなり、と。隴・蜀の丹漆旄羽、荊・揚の皮革骨象、江南の楠梓竹箭、燕・齊の魚鹽旃裘、兗・豫の漆絲絺纻は、養生送終の具なり。商を待ちて通じ、工を待ちて成る。故に聖人は舟楫の用を作爲して、以て川谷を通じ、牛を服し馬を駕して、以て陵陸に達す。遠きを致し深きを窮むるは、庶物を交えて百姓を便ずる所以なり。是を以て先帝は鐵官を建てて以て農用に贍らせ、均輸を開きて以て民財を足らしむ。鹽・鐵・均輸は、萬民の戴仰して取給する所の者なり。之を罷むるは、便ならざるなり、と。