塩鉄論 / 救匱篇
大夫曰:「孤子語孝、躄者語杖、貧者語仁、賤者語治。議不在己者易稱、從旁議者易是、其當局則亂。故公孫弘布被、倪寬練袍、衣若仆妾、食若庸夫。淮南逆於內、蠻、夷暴於外、盜賊不為禁、奢侈不為節、若疫歲之巫、徒能鼓口耳、何散不足之能治乎?」
新字:大夫曰:「孤子語孝、躄者語杖、貧者語仁、賤者語治。議不在己者易称、従旁議者易是、其当局則乱。故公孫弘布被、倪寛練袍、衣若仆妾、食若庸夫。淮南逆於内、蠻、夷暴於外、盗賊不為禁、奢侈不為節、若疫歳之巫、徒能鼓口耳、何散不足之能治乎?」
書き下し
大夫曰く、孤子は孝を語り、躄者は杖を語り、貧者は仁を語り、賤者は治を語る。議の己に在らざる者は稱し易く、旁らより議する者は是とし易し、其れ當局すれば則ち亂る。故に公孫弘は布被、倪寬は練袍、衣は仆妾の若く、食は庸夫の若し。淮南は內に逆らい、蠻・夷は外に暴す、盜賊は禁を為さず、奢侈は節を為さず、疫歲の巫の若く、徒だ能く口を鼓するのみ、何ぞ散不足の能く治まらんや。
現代語訳
大夫が言った。「親のない子が孝を語り、足の不自由な者が杖を語り、貧しい者が仁を語り、身分の低い者が治世を語る。自分に責任のない議論は口にしやすく、傍から論じる者は何でも正しいと言いやすい。しかしその立場に就けば、たちまち乱れる。かつて公孫弘は木綿の夜具を用い、倪寛は練絹の上着を着た。衣は下働きのようで、食事は日雇いの者のようだった。それでも淮南王は内で背き、異民族は外で暴れ、盗賊は禁じられず、奢侈は節されなかった。疫病の年の巫女のようなもので、ただ口を動かせるだけだ。それで、どうして散不足が治まるのか」
解説
「上が先に倹約せよ」への反論です。実例を出します。公孫弘は木綿の夜具、倪寛は練絹の上着。**上が実際に質素にしてみせた。それで何か治まったか。**淮南王は背き、異民族は暴れ、盗賊も奢侈も止まらなかった、と。象徴的な倹約が実効を持たなかった、という指摘で、これは強い。締めが「疫病の年の巫女」——流行り病の年に、口を動かすだけで何も治せない者。処方が儀式にすぎないという批判です。
この章句が説くこと
疫歳の巫の若く徒だ能く口を鼓するのみ議の己に在らざる者は称し易く旁らより議する者は是とし易し其れ当局すれば則ち乱る当事者実効批評
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