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塩鉄論 / 散不足篇

「古者、鄰有喪、舂不相杵、巷不歌謠。孔子食於有喪者之側、未嘗飽也、子於是日哭、則不歌。今俗因人之喪以求酒肉、幸與小坐而責辯、歌舞俳優、連笑伎戲。

新字:「古者、鄰有喪、舂不相杵、巷不歌謡。孔子食於有喪者之側、未嘗飽也、子於是日哭、則不歌。今俗因人之喪以求酒肉、幸与小坐而責弁、歌舞俳優、連笑伎戯。

書き下し

古者、鄰に喪有れば、舂に杵を相せず、巷に歌謠せず。孔子は喪有る者の側に食すれば、未だ嘗て飽かざるなり、子是の日に哭すれば、則ち歌わず。今の俗は人の喪に因りて以て酒肉を求め、幸いに與に小坐して辯を責め、歌舞俳優、連笑伎戲す。

現代語訳

昔は、隣家に喪があれば、臼をつく杵の音を合わせることをせず、路地で歌をうたわなかった。孔子は喪中の人のそばで食事をするときには、けっして腹一杯食べなかった。その日に泣いたなら、歌わなかった。いまの習いは、人の喪に乗じて酒や肉をねだり、うまく同席できれば弁舌をふるうことを求め、歌や舞や芸人を呼び、笑い続けて芸を楽しんでいる。

解説

喪に対する周囲の振る舞いです。隣に喪があれば杵の音を合わせず、路地で歌わない。**他人の悲しみのために、自分の日常の音を落とす**という配慮が習慣として存在した。孔子が喪中の人のそばで満腹にならなかった、というのも同じ配慮です。それがいまは、人の喪を酒肉の機会にしている。しかも喪主の側から見れば、その席を用意するのは負担です。悼む場が、催しに変わっていく過程が書かれています。

この章句が説くこと

鄰に喪有れば舂に杵を相せず巷に歌謡せず人の喪に因りて以て酒肉を求む是の日に哭すれば則ち歌わず配慮節度

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