塩鉄論 / 散不足篇
「古者、不封不樹、反虞祭於寢、無壇宇之居、廟堂之位。及其後、則封之、庶人之墳半仞、其高可隱。今富者積土成山、列樹成林、臺榭連閣、集觀增樓。中者祠堂屏合、垣闕罘罳。
新字:「古者、不封不樹、反虞祭於寝、無壇宇之居、廟堂之位。及其後、則封之、庶人之墳半仞、其高可隠。今富者積土成山、列樹成林、台榭連閣、集観增楼。中者祠堂屏合、垣闕罘罳。
書き下し
古者、封ぜず樹えず、虞祭を寢に反す、壇宇の居、廟堂の位無し。其の後に及び、則ち之を封ず、庶人の墳は半仞、其の高きは隱すべし。今富者は土を積みて山を成し、樹を列ねて林を成し、臺榭連閣、集觀增樓あり。中なる者は祠堂屏合、垣闕罘罳あり。
現代語訳
昔は、墓に土を盛らず木も植えず、葬送後の祭りは家の奥で行い、祭壇の建物も廟堂の座席もなかった。後の世になると土を盛るようになったが、庶民の墳は半仞ほどで、その高さはやっと隠れる程度だった。いまは富める者が土を積み上げて山を作り、樹を並べて林を作り、高殿と連なった楼閣、見晴らし台や重層の楼まで設けている。中くらいの者でも祠堂と屏、垣に門、格子の飾りを構えている。
解説
墓の規模です。かつては土も盛らず木も植えなかった。**死者を記念する構築物そのものが無かった**、という出発点が置かれています。それが半仞の盛り土になり、山と林と楼閣になった。ここでも増分は上から下へ広がり、中くらいの者が祠堂を持つに至っています。故人を悼む気持ちは変わらなくても、それを表す形の相場が上がると、悼むことに費用がかかるようになります。
この章句が説くこと
封ぜず樹えず土を積みて山を成し樹を列ねて林を成す庶人の墳は半仞墓身の丈逸脱
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