塩鉄論 / 散不足篇
「古者、瓦棺容屍、木板堲周、足以收形骸、藏發齒而已。及其後、桐棺不衣、采槨不斲。今富者繡墻題湊。中者梓棺楩槨、貧者畫荒衣袍、繒囊緹橐。
新字:「古者、瓦棺容屍、木板堲周、足以収形骸、蔵発齒而已。及其後、桐棺不衣、采槨不斲。今富者繡墻題湊。中者梓棺楩槨、貧者画荒衣袍、繒囊緹橐。
書き下し
古者、瓦棺もて屍を容れ、木板もて堲周す、以て形骸を收め、髮齒を藏むるに足るのみ。其の後に及び、桐棺は衣せず、采槨は斲らず。今富者は繡墻題湊なり。中なる者は梓棺楩槨、貧者は畫荒衣袍、繒囊緹橐なり。
現代語訳
昔は、素焼きの棺に遺体を収め、木の板で囲った。体を収め、髪や歯を納められればそれで足りた。後の世になっても、桐の棺には布を着せず、外棺の木も削らなかった。いまは富める者が刺繍の帷を張り、木口を積み重ねた立派な墓室を作る。中くらいの者でも梓の棺に楠の外棺を用い、貧しい者でも絵を描いた覆いや衣に、絹の袋や染めた包みを添える。
解説
葬儀の設備です。注目したいのは最後で、**貧しい者まで絵を描いた覆いと絹の袋を用意している**こと。ここまでの段は「富者は……中者は……」で終わることが多いのですが、この段は貧者まで並べています。葬儀だけは、貧しくても手を抜けない。人目に触れ、しかも一度きりだからです。次の次の段で、この点が正面から論じられます。
この章句が説くこと
形骸を収め髪齒を蔵むるに足るのみ繡墻題湊桐棺は衣せず葬礼身の丈逸脱
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