塩鉄論 / 散不足篇
「古者、君子夙夜孳孳思其德、小人晨昏孜孜思其力。故君子不素餐、小人不空食。今世俗飾偽行詐、為民巫祝、以取厘謝、堅健舌、或以成業致富、故憚事之人、釋本相學。是以街巷有巫、閭里有祝。
新字:「古者、君子夙夜孳孳思其徳、小人晨昏孜孜思其力。故君子不素餐、小人不空食。今世俗飾偽行詐、為民巫祝、以取厘謝、堅健舌、或以成業致富、故憚事之人、釈本相学。是以街巷有巫、閭里有祝。
書き下し
古者、君子は夙夜孳孳として其の德を思い、小人は晨昏孜孜として其の力を思う。故に君子は素餐せず、小人は空食せず。今世俗は偽を飾り詐を行い、民の巫祝と為りて、以て厘謝を取る、堅健の舌もて、或いは以て業を成し富を致す、故に事を憚るの人、本を釋てて相い學ぶ。是を以て街巷に巫有り、閭里に祝有り。
現代語訳
昔は、君子は朝から晩まで努めてその徳を思い、庶民は明け方から日暮れまで励んでその働きを思った。だから君子はただ飯を食わず、庶民も空しく食べることはなかった。いまの世の習いは、偽りを飾り詐りを行い、民の巫女や祈祷師となって、謝礼を取る。達者な舌先で、なかには一つの商売として財を成す者までいる。だから仕事を嫌う者が、本業を捨ててそれを習う。こうして街の路地には巫女がいて、村里には祈祷師がいるのだ。
解説
前段の続きです。行いより祈りに頼る風潮が広まると、それが**商売として成立する**。そして商売になれば、仕事を嫌う人が本業を捨ててそちらを習う。需要が供給を呼び、供給が人手を引き抜いていく。街角に巫女がいて村に祈祷師がいるのは、その結果だ、と。風潮を道徳の問題としてではなく、労働の移動として説明しているところが賢良らしい。楽に稼げる方法が成立すると、そこへ人は流れます。
この章句が説くこと
街巷に巫有り閭里に祝有り君子は素餐せず小人は空食せず本を釈てて相い学ぶ生業労働依存
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