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塩鉄論 / 散不足篇

「古者、汙尊抔飲、蓋無爵觴樽俎。及其後、庶人器用即竹柳陶匏而已。唯瑚璉觴豆而後雕文彤漆。今富者銀口黃耳、金罍玉鐘。中者野王纻器、金錯蜀杯。夫一文杯得銅杯十、賈賤而用不殊。箕子之譏、始在天子、今在匹夫。

新字:「古者、汙尊抔飲、蓋無爵觴樽俎。及其後、庶人器用即竹柳陶匏而已。唯瑚璉觴豆而後雕文彤漆。今富者銀口黄耳、金罍玉鐘。中者野王纻器、金錯蜀杯。夫一文杯得銅杯十、賈賤而用不殊。箕子之譏、始在天子、今在匹夫。

書き下し

古者、汙尊抔飲、蓋し爵觴樽俎無し。其の後に及び、庶人の器用は即ち竹柳陶匏のみ。唯だ瑚璉觴豆にして而る後に雕文彤漆す。今富者は銀口黃耳、金罍玉鐘なり。中なる者は野王の紵器、金錯の蜀杯なり。夫れ一文杯は銅杯十を得るも、賈は賤くして用は殊ならず。箕子の譏りは、始め天子に在り、今匹夫に在り。

現代語訳

昔は、地面をくぼませて酒とし、手ですくって飲んだ。盃も樽も俎もなかったのだろう。後の世になっても、庶民の器は竹や柳、陶器や瓢ばかりだった。祭器である瑚璉や供物の器になってはじめて、彫りを入れ朱漆を塗った。いまは富める者が銀の口に金の耳をつけた器、金の酒壺に玉の鐘を用いる。中くらいの者でも野王産の麻布張りの器、金象嵌の蜀の杯を使う。そもそも模様入りの杯一つで銅の杯が十個買える。値は安いほうが、用としては変わらない。箕子の諫めは、はじめは天子に向けられたものだった。それがいまは庶民に当てはまっている。

解説

この篇でいちばん切れ味のある一段です。まず換算——**模様入りの杯一つで銅の杯が十個買える。しかし用としては変わらない。**そして締めの一句。箕子は紂王が象牙の箸を使い始めたのを見て国の行く末を憂えた、という故事があります。あれは天子に向けた諫めでした。それがいまは庶民に当てはまっている、と。贅沢の水準が社会全体で下へ降りてきたことを、故事の宛先が変わったという言い方で示しています。

この章句が説くこと

箕子の譏りは始め天子に在り今匹夫に在り一文杯は銅杯十を得るも用は殊ならず汙尊抔飲価格贅沢

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