塩鉄論 / 散不足篇
「古者、庶人賤騎繩控、革鞮皮薦而已。及其後、革鞍牦成、鐵鑣不飾。今富者耳銀鑷䪉、黃金瑯勒、罽繡弇汗、華明鮮。中者漆韋紹系、采畫暴幹。
新字:「古者、庶人賤騎縄控、革鞮皮薦而已。及其後、革鞍牦成、鉄鑣不飾。今富者耳銀鑷䪉、黄金瑯勒、罽繍弇汗、華明鮮。中者漆韋紹系、采画暴幹。
書き下し
古者、庶人の賤騎は繩もて控き、革鞮皮薦のみ。其の後に及び、革鞍牦もて成し、鐵鑣は飾らず。今富者は耳銀鑷䪉、黃金瑯勒、罽繡もて汗を弇い、華明鮮なり。中なる者は漆韋紹系、采畫暴幹なり。
現代語訳
昔は、庶民の粗末な乗馬は縄で手綱を取り、革の履きものと皮の敷物だけだった。後の世になると、革の鞍を毛で仕上げ、鉄の轡には飾りをつけなかった。いまは富める者が銀の耳飾りに黄金の玉をつけた轡、毛織の刺繍で汗をおおい、華やかで鮮やかである。中くらいの者でも漆塗りの革に組み紐、彩色を施して日に干した装具を用いている。
解説
馬具です。縄と革だけで足りていたところに、銀と黄金と刺繍が加わりました。この篇の並びは、食べ物、住まい、商品、車馬、衣服、毛皮、馬具と続いていて、暮らしのあらゆる面を同じ物差しで測っています。物差しは一つで、用に足りているか、それを超えた分か。地味な作業ですが、こうして全項目を並べると、個々には小さな上乗せの総和がどれほどになるかが見えてきます。
この章句が説くこと
賤騎は縄もて控き革鞮皮薦のみ耳銀鑷䪉黄金瑯勒鉄鑣は飾らず道具実用装飾
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