塩鉄論 / 散不足篇
「古者、椎車無柔、棧輿無植。及其後、木軨不衣、長轂數幅、蒲薦苙蓋、蓋無漆絲之飾。大夫士則單椱木具、盤韋柔革。常民漆輿大軨蜀輪。今庶人富者銀黃華左搔、結綏韜杠。中者錯鑣塗采、珥靳飛軨。
新字:「古者、椎車無柔、棧輿無植。及其後、木軨不衣、長轂数幅、蒲薦苙蓋、蓋無漆糸之飾。大夫士則単椱木具、盤韋柔革。常民漆輿大軨蜀輪。今庶人富者銀黄華左搔、結綏韜杠。中者錯鑣塗采、珥靳飛軨。
書き下し
古者、椎車に柔無く、棧輿に植無し。其の後に及び、木軨は衣せず、長轂數幅、蒲薦苙蓋、蓋に漆絲の飾無し。大夫士は則ち單椱木具、盤韋柔革なり。常民は漆輿大軨蜀輪なり。今庶人の富者は銀黃華左搔、結綏韜杠す。中なる者は錯鑣塗采、珥靳飛軨なり。
現代語訳
昔は、粗末な車には覆いがなく、板張りの輿には支柱もなかった。後の世になっても、木の格子には布を張らず、轂を長くして輻を数本通し、蒲の敷物に笠の覆いをかけるだけで、覆いには漆や絹の飾りもなかった。大夫や士でも一重の輪に木の道具、なめし革の座を用いる程度だった。庶民は漆塗りの車体に大きな格子、蜀の車輪を使った。いまは庶民でも富める者は銀と金の飾り、華やかな彫りを施し、飾り紐を結び、轅に覆いをかける。中くらいの者でも轡に象嵌を入れ彩色を塗り、飾り金具をつけ、格子をひらめかせている。
解説
車の装飾です。並べ方に注目したいところがあります。昔から今へ、変わったのは車そのものではなく飾りだけだという点です。運ぶという用は同じで、増えたのは銀と金と彫りと彩色。しかもその増え方が、富める者から中くらいの者へと下りてきています。上が始めて下が追う、という散不足篇の基本構図が、車という一つの品目のなかで反復されています。
この章句が説くこと
椎車に柔無く棧輿に植無し銀黄華左搔錯鑣塗采車装飾逸脱
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