塩鉄論 / 利議篇
大夫曰:「作世明主、憂勞萬民、思念北邊之未安、故使使者舉賢良、文學高第、詳延有道之士、將欲觀殊議異策、虛心傾耳以聽、庶幾云得。諸生無能出奇計、遠圖伐匈奴安邊境之策、抱枯竹、守空言、不知趨舍之宜、時世之變、議論無所依、如膝癢而搔背、辯訟公門之下、不可勝聽、如品即口以成事、此豈明主所欲聞哉?」
新字:大夫曰:「作世明主、憂労万民、思念北辺之未安、故使使者舉賢良、文学高第、詳延有道之士、将欲観殊議異策、虚心傾耳以聴、庶幾云得。諸生無能出奇計、遠図伐匈奴安辺境之策、抱枯竹、守空言、不知趨舎之宜、時世之変、議論無所依、如膝癢而搔背、弁訟公門之下、不可勝聴、如品即口以成事、此豈明主所欲聞哉?」
書き下し
大夫曰く、世を作す明主は、萬民を憂勞し、北邊の未だ安からざるを思念す、故に使者をして賢良・文學の高第を舉げしめ、詳らかに有道の士を延き、將に殊議異策を觀んと欲し、心を虛しくし耳を傾けて以て聽く、庶幾わくは得んと云う。諸生は奇計を出だし、遠く匈奴を伐ち邊境を安んずるの策を圖る能わず、枯竹を抱き、空言を守り、趨舍の宜しき、時世の變を知らず、議論依る所無し、膝痒くして背を搔くが如し、公門の下に辯訟し、勝げて聽くべからず、口を品即して以て事を成すが如し、此れ豈に明主の聞かんと欲する所ならんや。
現代語訳
大夫が言った。「世を興す明君は万民のために心を砕き、北の辺境がまだ安らかでないことを思案しておられる。だから使者を遣わして賢良・文学の優秀な者を挙げさせ、道のある士を丁寧に招いた。違った議論、変わった策を見たいと願い、心を空にし耳を傾けて聴いてきた。何か得られることを期待して、である。ところが諸君は奇抜な計を出すこともなく、遠く匈奴を討って辺境を安んじる策を立てることもできない。枯れた竹簡を抱え、中身のない言葉を守り、進むか退くかの適切さも、時勢の変化も知らない。議論には拠りどころがない。膝がかゆいのに背中を掻いているようなものだ。役所の門前で言い争い、聴きおおせるものではない。口先だけで事を成そうというようなもので、これがどうして明君の聴きたいことであろうか」
解説
この章句が説くこと
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