塩鉄論 / 刺議篇
丞相史曰:「山陵不讓椒跬、以成其崇、君子不辭負薪之言、以廣其名。故多見者博、多聞者知、距諫者塞、專己者孤。故謀及下者無失策、舉及眾者無頓功。詩云:『詢於芻蕘。』故布衣皆得風議、何況公卿之史乎?春秋士不載文、而書咺者、以為宰士也。孔子曰:『雖不吾以、吾其與聞諸。』仆雖不敏、亦嘗傾耳下風、攝齊句指、受業徑於君子之塗矣。使文學言之而是、仆之言有何害?使文學言之而非、雖微丞相史、孰不非也?」
新字:丞相史曰:「山陵不譲椒跬、以成其崇、君子不辞負薪之言、以広其名。故多見者博、多聞者知、距諫者塞、専己者孤。故謀及下者無失策、舉及衆者無頓功。詩云:『詢於芻蕘。』故布衣皆得風議、何況公卿之史乎?春秋士不載文、而書咺者、以為宰士也。孔子曰:『雖不吾以、吾其与聞諸。』仆雖不敏、亦嘗傾耳下風、摂斉句指、受業径於君子之塗矣。使文学言之而是、仆之言有何害?使文学言之而非、雖微丞相史、孰不非也?」
書き下し
丞相史曰く、山陵は椒跬を讓らず、以て其の崇を成し、君子は負薪の言を辭せず、以て其の名を廣む。故に多く見る者は博く、多く聞く者は知あり、諫を距む者は塞がり、己を專らにする者は孤なり。故に謀の下に及ぶ者は失策無く、舉の眾に及ぶ者は頓功無し。詩に云う、『芻蕘に詢る』と。故に布衣も皆風議を得、何ぞ況んや公卿の史をや。春秋は士を文に載せず、而も咺を書するは、以て宰士と為せばなり。孔子曰く、『吾を以いずと雖も、吾其れ與に諸を聞かん』と。仆不敏なりと雖も、亦た嘗て耳を傾け風下し、齊を攝し指を句げて、業を君子の塗に受くること徑たり。文學をして之を言わしめて是ならば、仆の言に何の害か有らん。文學をして之を言わしめて非ならば、丞相史微しと雖も、孰か非とせざらん。
現代語訳
丞相史が言った。「山は小さな石や半歩ほどの土くれを退けない。だからあれほど高くなる。君子は薪を背負う者の言葉も断らない。だから名が広がる。多く見る者は広く、多く聞く者は知恵がある。諫めを拒む者は塞がり、自分だけで決める者は孤立する。だから謀りごとを下の者にまで及ぼせば失策がなく、事を挙げるのに大勢に及ぼせば功が頓挫しない。『詩経』にいう、草刈りや木こりにも尋ねよ、と。だから無位の庶民でも議論に加われる。まして公卿づきの属官ならなおさらだ。『春秋』は身分の低い士を記さないが、咺を記したのは、彼を宰士と認めたからである。孔子は言った、私を用いなくとも、私はその議に加わって聞こう、と。私は愚かではあるが、これまで耳を傾けて下座に控え、裾を整え指を屈めて、君子の道すじで学びを受けてきた。文学の言うことが正しいのなら、私の発言に何の害があろうか。文学の言うことが誤りなら、丞相史のような小さな者でなくとも、誰が非としないだろうか」
解説
この章句が説くこと
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