塩鉄論 / 遵道篇
文學曰:「師曠之調五音、不失宮商。聖王之治世、不離仁義。故有改制之名、無變道之實。上自黃帝、下及三王、莫不明德教、謹庠序、崇仁義、立教化。此百世不易之道也。殷、周因循而昌、秦王變法而亡。詩云:『雖無老成人、尚有典刑。』言法教也。故沒而存之、舉而貫之、貫而行之、何更為哉?」
新字:文学曰:「師曠之調五音、不失宮商。聖王之治世、不離仁義。故有改制之名、無変道之実。上自黄帝、下及三王、莫不明徳教、謹庠序、崇仁義、立教化。此百世不易之道也。殷、周因循而昌、秦王変法而亡。詩云:『雖無老成人、尚有典刑。』言法教也。故没而存之、舉而貫之、貫而行之、何更為哉?」
書き下し
文學曰く、師曠の五音を調うるや、宮商を失わず。聖王の世を治むるや、仁義を離れず。故に制を改むるの名有るも、道を變ずるの實無し。上は黃帝より、下は三王に及ぶまで、德教を明らかにし、庠序を謹み、仁義を崇び、教化を立てざる莫し。此れ百世不易の道なり。殷・周は因循して昌え、秦王は法を變じて亡ぶ。詩に云う、『老成人無しと雖も、尚お典刑有り』と。法教を言うなり。故に沒して之を存し、舉げて之を貫き、貫きて之を行う、何ぞ更めて為さんや。
現代語訳
文学が言った。「師曠が五音を整えるとき、宮と商の基準音は外さなかった。聖王が世を治めるとき、仁義から離れなかった。だから制度を改めるという名はあっても、道を変えるという実質はない。上は黄帝から下は夏殷周の三王に至るまで、徳による教化を明らかにし、学校を大切にし、仁義を尊び、教化を立てなかった者はいない。これが百代変わらない道である。殷と周は前例を受け継いで栄え、秦王は法を変えて滅んだ。『詩経』にいう、経験を積んだ老人がいなくとも、なお定まった法がある、と。法と教えのことを言っているのだ。だから失われたものを保ち、取り上げて筋を通し、筋を通して実行する。改めて新しく作る必要がどこにあろうか」
解説
この章句が説くこと
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