塩鉄論 / 殊路篇
大夫曰:「七十子躬受聖人之術、有名列於孔子之門、皆諸侯卿相之才、可南面者數人云。政事者冉有、季路、言語宰我、子貢。宰我秉事、有寵於齊、田常作難、道不行、身死庭中、簡公殺於檀臺。子路仕衛、孔悝作亂、不能救君出亡、身菹於衛、子貢、子臯遁逃、不能死其難。食人之重祿不能更、處人尊官不能存、何其厚於己而薄於君哉?同門共業、自以為知古今之義、明君臣之禮。或死或亡、二三子殊路、何道之悖也!」
新字:大夫曰:「七十子躬受聖人之術、有名列於孔子之門、皆諸侯卿相之才、可南面者数人云。政事者冉有、季路、言語宰我、子貢。宰我秉事、有寵於斉、田常作難、道不行、身死庭中、簡公殺於檀台。子路仕衛、孔悝作乱、不能救君出亡、身菹於衛、子貢、子臯遁逃、不能死其難。食人之重禄不能更、処人尊官不能存、何其厚於己而薄於君哉?同門共業、自以為知古今之義、明君臣之礼。或死或亡、二三子殊路、何道之悖也!」
書き下し
大夫曰く、七十子は躬ら聖人の術を受け、名を孔子の門に列する有り、皆諸侯卿相の才にして、南面すべき者數人と云う。政事は冉有・季路、言語は宰我・子貢なり。宰我は事を秉り、齊に寵有り、田常難を作し、道行われず、身は庭中に死し、簡公は檀臺に殺さる。子路は衛に仕う、孔悝亂を作し、君を救いて出亡せしむる能わず、身は衛に菹にせらる、子貢・子臯は遁逃して、其の難に死する能わず。人の重祿を食みて更うる能わず、人の尊官に處りて存する能わず、何ぞ其れ己に厚くして君に薄きや。同門共業、自ら以て古今の義を知り、君臣の禮を明らかにすと為す。或いは死し或いは亡ぐ、二三子路を殊にす、何ぞ道の悖れるや。
現代語訳
大夫が言った。「七十人の弟子は自ら聖人の術を受け、孔子の門に名を連ねた。みな諸侯や卿相にふさわしい才で、君主の位に就けそうな者も数人いたという。政務では冉有と子路、弁舌では宰我と子貢である。宰我は政務を執り、斉で寵愛を受けた。田常が乱を起こしたとき、道は行われず、宰我は庭で死に、簡公は檀台で殺された。子路は衛に仕えた。孔悝が乱を起こしたとき、君主を救って逃がすことができず、自身は衛で切り刻まれた。子貢と子皋は逃げて、その難に殉じることができなかった。人の厚い俸禄を食みながら事態を変えられず、人の高い官職にありながら主君を保てなかった。なんと自分には手厚く、主君には薄いことか。同じ門で同じ学業を修め、自分では古今の義を知り君臣の礼に明るいと思っていた。それが、ある者は死に、ある者は逃げた。数人の弟子が別々の道を行った。なんと道理に外れていることか」
解説
この章句が説くこと
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