塩鉄論 / 相刺篇
文學曰:「日月之光、而盲者不能見、雷電之聲、而聾人不能聞。夫為不知音者言、若語於瘖聾、何特蟬之不知重雪耶?夫以伊尹之智、太公之賢、而不能開辭於桀、紂、非說者非、聽者過也。是以荊和抱璞而泣血、曰:『安得良工而剖之!』屈原行吟澤畔、曰:『安得臯陶而察之!』夫人君莫不欲求賢以自輔、任能以治國、然牽於流說、惑於道諛、是以賢聖蔽掩、而讒佞用事、以此亡國破家、而賢士饑於巖穴也。昔趙高無過人之志、而居萬人之位、是以傾覆秦國而禍殃其宗、盡失其瑟、何膠柱之調也?」
新字:文学曰:「日月之光、而盲者不能見、雷電之声、而聾人不能聞。夫為不知音者言、若語於瘖聾、何特蟬之不知重雪耶?夫以伊尹之智、太公之賢、而不能開辞於桀、紂、非説者非、聴者過也。是以荊和抱璞而泣血、曰:『安得良工而剖之!』屈原行吟沢畔、曰:『安得臯陶而察之!』夫人君莫不欲求賢以自輔、任能以治国、然牽於流説、惑於道諛、是以賢聖蔽掩、而讒佞用事、以此亡国破家、而賢士饑於巖穴也。昔趙高無過人之志、而居万人之位、是以傾覆秦国而禍殃其宗、尽失其瑟、何膠柱之調也?」
書き下し
文學曰く、日月の光あるも、而も盲者は見る能わず、雷電の聲あるも、而も聾人は聞く能わず。夫れ音を知らざる者の為に言うは、瘖聾に語るが若し、何ぞ特り蟬の重雪を知らざるのみならんや。夫れ伊尹の智、太公の賢を以てして、而も辭を桀・紂に開く能わず、說く者の非なるに非ず、聽く者の過ちなり。是を以て荊和は璞を抱きて血を泣く、曰く、『安んぞ良工を得て之を剖かん』と。屈原は澤畔に行吟して曰く、『安んぞ臯陶を得て之を察せん』と。夫れ人君は賢を求めて以て自ら輔け、能に任じて以て國を治めんと欲せざる莫し、然れども流說に牽かれ、道諛に惑わさる、是を以て賢聖は蔽掩せられて、讒佞事を用う、此を以て國を亡ぼし家を破りて、賢士は巖穴に饑うるなり。昔趙高は人に過ぐるの志無くして、萬人の位に居る、是を以て秦國を傾覆して禍いを其の宗に殃す、盡く其の瑟を失う、何の膠柱の調ぞや。
現代語訳
文学が言った。「日月の光があっても盲人には見えず、雷や稲妻の音があっても聾者には聞こえない。そもそも音を解さない者に語るのは、口のきけない耳の聞こえない人に語るようなものだ。蝉が雪を知らないどころの話ではない。伊尹ほどの知恵、太公望ほどの賢さをもってしても、桀や紂に言葉を通すことはできなかった。説く者が間違っていたのではない。聴く者の過ちである。だから卞和は磨かれていない玉の原石を抱いて血の涙を流し、どこかに良い職人がいて、これを割ってくれないものか、と言った。屈原は沢のほとりを歩きながら吟じ、どこかに皋陶のような人がいて、これを見分けてくれないものか、と言った。そもそも君主で、賢者を求めて自分を助けさせ、有能な者に任せて国を治めたいと思わない者はいない。それでも流言に引かれ、へつらいに惑わされる。だから賢者や聖人は覆い隠され、讒言する佞人が事を取り仕切る。それで国を亡ぼし家を破り、賢い士は山の洞穴で飢えている。昔、趙高には人に優る志などなかったのに、万人の上の位にいた。だから秦の国をひっくり返し、災いを一族に及ぼした。琴そのものを失っておいて、どこが柱を膠で固めた調子の話だろうか」
解説
この章句が説くこと
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