塩鉄論 / 相刺篇
大夫曰:「古者、經井田、制廛里、丈夫治其田疇、女子治其麻枲、無曠地、無遊人。故非商工不得食於利末、非良農不得食於收獲、非執政不得食於官爵。今儒者釋耒耜而學不驗之語、曠日彌久、而無益於治、往來浮遊、不耕而食、不蠶而衣、巧偽良民、以奪農妨政、此亦當世之所患也。」
新字:大夫曰:「古者、経井田、制廛里、丈夫治其田疇、女子治其麻枲、無曠地、無遊人。故非商工不得食於利末、非良農不得食於収獲、非執政不得食於官爵。今儒者釈耒耜而学不験之語、曠日弥久、而無益於治、往来浮遊、不耕而食、不蠶而衣、巧偽良民、以奪農妨政、此亦当世之所患也。」
書き下し
大夫曰く、古者は、井田を經し、廛里を制す、丈夫は其の田疇を治め、女子は其の麻枲を治む、曠地無く、遊人無し。故に商工に非ざれば末を利するに食うを得ず、良農に非ざれば收獲に食うを得ず、執政に非ざれば官爵に食うを得ず。今儒者は耒耜を釋てて驗あらざるの語を學ぶ、日を曠しくすること彌々久しくして、治に益無し、往來浮遊して、耕さずして食い、蠶せずして衣る、良民を巧偽して、以て農を奪い政を妨ぐ、此れ亦た當世の患うる所なり。
現代語訳
大夫が言った。「昔は井田を区切り、住まいの区画を定めた。男は自分の田を耕し、女は自分の麻を績んだ。遊んでいる土地はなく、ぶらぶらしている人もいなかった。だから商工の者でなければ末業の利で食うことはできず、良い農夫でなければ収穫で食うことはできず、政に携わる者でなければ官職と爵位で食うことはできなかった。いま儒者は鋤を捨てて検証できない言葉を学んでいる。日数を空費すること久しく、治世の役には立たない。あちこち浮遊して回り、耕さずに食い、蚕を飼わずに着る。善良な民を巧みに惑わし、農業から人を奪い政治を妨げている。これもまた当世の憂いである」
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人職分支配を分つ事公事裁判幷に刑罰のことは別に公事奉行と云ふ者を立てゝ、牢屋なとは此の下に属し、寺社町方百姓ともに公事幷に刑罰は之にて掌さしむへし、当時は譬へは武家科人も刑罰詮議に及ふときは町奉行へ渡すこと、是武家町人の差別分れず甚た宜しからさることなり、此の外作事普請の筋亦一筋なるへし、当時は作事奉行普請奉行と分るゝこと詮もなきことなり、武備の一まき武器のことは古は兵次部の掌りなり、是れ亦一筋なるへし、又其の外諸細工のたくひ是亦一筋なるへし、古工部の役人ありて之を掌る故些細の細工の筋役人功者にて器物丈夫なり、当時は我人も町奉行の下につけ之を掌る役人なき故何事も職人任せになり、たゝ直段のことはかりを役人は詮議するやうなり、又当時は上の御好ある故奥向の衆承はりて之を掌る故人々逼にして奸曲も之より生すると見えたり、
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論語・子路篇樊遅、稼を学ばんことを請う。子曰く、「吾老農に如かず。」圃を為るを学ばんことを請う。曰く、「吾老圃に如かず。」樊遅出づ。子曰く、「小人なるかな、樊須や。上礼を好めば、則ち民敢えて敬せざること莫し。上義を好めば、則ち民敢えて服せざること莫し。上信を好めば、則ち民敢えて情を用いざること莫し。夫れ是くの如くんば、則ち四方の民、其の子を襁負して至らん。焉んぞ稼を用いん。」
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『墨子』耕柱治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。
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孟子・滕文公章句上神農の言を為す者許行有り。楚より滕に之き、門に踵りて文公に告げて曰く、「遠方の人、君の仁政を行ふを聞く。願はくは一廛を受けて氓と為らん。」文公之に処を与ふ。其の徒数十人、皆褐を衣、屨を捆ち、席を織りて以て食を為す。陳良の徒陳相と其の弟辛と、耒耜を負ひて宋より滕に之く。曰く、「君聖人の政を行ふと聞く。是れ亦た聖人なり。願はくは聖人の氓と為らん。」陳相許行を見て大いに悦び、尽く其の学を棄てて焉に学ぶ。陳相孟子に見え、許行の言を道ひて曰く、「滕君は則ち誠に賢君なり。然りと雖も、未だ道を聞かざるなり。賢者は民と并び耕して食ひ、饔飧して治む。今や滕に倉廩府庫有り、則ち是れ民を厲まして以て自ら養ふなり。悪くんぞ賢なるを得ん。」孟子曰く、「許子は必ず粟を種ゑて而る後に食ふか。」曰く、「然り。」「許子は必ず布を織りて而る後に衣るか。」曰く、「否。許子は褐を衣る。」「許子は冠するか。」曰く、「冠す。」曰く、「奚をか冠する。」曰く、「素を冠す。」曰く、「自ら之を織るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」曰く、「許子奚為れぞ自ら織らざる。」曰く、「耕すに害あればなり。」曰く、「許子は釜甑を以て爨ぎ、鉄を以て耕すか。」曰く、「然り。」「自ら之を為るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」「粟を以て械器に易ふる者は、陶冶を厲ますと為さず。陶冶も亦た其の械器を以て粟に易ふる者、豈に農夫を厲ますと為さんや。且つ許子何ぞ陶冶を為し、舎皆諸を其の宮中に取りて之を用ひざる。何為れぞ紛紛然として百工と交易する。何ぞ許子の煩はしきを憚らざる。」曰く、「百工の事は、固より耕し且つ為す可からざるなり。」「然らば則ち天下を治むるは独り耕し且つ為す可けんや。大人の事有り、小人の事有り。且つ一人の身にして、百工の為す所備はる。如し必ず自ら為りて而る後に之を用ひば、是れ天下を率ゐて路せしむるなり。故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す。心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第18段人間社会の事は千緒万端にして、ただ政治のみをもって組織すべきものに非ず。人の働もまた、千緒万端に分別してこれに応ぜざるべからず。すなわち人事の分業分任なり。すでにこれを分てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、この事の長者としてこれを貴び、その業に長ずる者は、その業の長者としてこれに最上の栄誉をあたうるもまた、自然の理において許すべきものなり。たとえば大関が相撲最上の長者なれば、九段は碁将棋最上の長者にして、その長者たるや、一等官が政事の長者たるに異ならざるなり。 されば、生れながらにして学に志し、畢生の精神を自身の研究と他人の教導とに用いて、その一方に長ずる者は、学問社会の長者にして、これまた一等官が政事の長者たるに異ならざるや、もとより明白なり。而してその相撲の大関または碁将棋の九段なる者が、太政大臣と同一様の栄誉を得ざるは何ぞや。相撲と碁将棋とは、その事柄において、これを政事に比して軽重の別あるがゆえに、その軽重の差にしたがいて、双方の長と長と比肩するを得ざるものなりといえども、今一国文明の進歩を目的に定めて、政事と学事と相互に比較したらば、いずれを重しとし、いずれを軽しとするは、判断においてはなはだ難き事ならん。 学者をして学問の貴きを説かしめたらば、政事の如きは小児の戯にして論ずるに足らざるものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論にして、公平にいえば、政事も学問もともに人事の至要にして、双方ともに一日も空しゅうすべからず。政事は実際の衝にあたって大切なり。学問は永遠の大計を期して大切なり。政事は目下の安寧を保護して学者の業を安からしめ、学問は人を教育して政事家をも陶冶し出だす。双方ともに毫も軽重あることなしとの裁判にて、双方に不平なかるべし。
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『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。

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