塩鉄論 / 未通篇
文學曰:「十九年已下為殤、未成人也、二十而冠、三十而娶、可以從戎事、五十已上曰艾老、杖於家、不從力役、所以扶不足而息高年也、鄉飲酒之禮、耆老異饌、所以優耆耄而明養老也。故老者非肉不飽、非帛不暖、非杖不行。今五十已上至六十、與子孫服挽輸、並給繇役、非養老之意也。古有大喪者、君三年不呼其門、通其孝道、遂其哀戚之心也。君子之所重而自盡者、其惟親之喪乎!今或僵屍、棄衰绖而從戎事、非所以子百姓、順孝悌之心也。周公抱成王聽天下、恩塞海內、澤被四表、矧惟人面、含仁保德、靡不得其所。詩云:『夙夜基命宥密。』陛下富於春秋、委任大臣、公卿輔政、政教未均、故庶人議也。」御史默不答也。
新字:文学曰:「十九年已下為殤、未成人也、二十而冠、三十而娶、可以従戎事、五十已上曰艾老、杖於家、不従力役、所以扶不足而息高年也、鄉飲酒之礼、耆老異饌、所以優耆耄而明養老也。故老者非肉不飽、非帛不暖、非杖不行。今五十已上至六十、与子孫服挽輸、並給繇役、非養老之意也。古有大喪者、君三年不呼其門、通其孝道、遂其哀戚之心也。君子之所重而自尽者、其惟親之喪乎!今或僵屍、棄衰绖而従戎事、非所以子百姓、順孝悌之心也。周公抱成王聴天下、恩塞海内、沢被四表、矧惟人面、含仁保徳、靡不得其所。詩云:『夙夜基命宥密。』陛下富於春秋、委任大臣、公卿輔政、政教未均、故庶人議也。」御史黙不答也。
書き下し
文學曰く、十九年已下を殤と為す、未だ成人ならざるなり、二十にして冠し、三十にして娶る、以て戎事に從うべし、五十已上を艾老と曰う、家に杖き、力役に從わず、不足を扶けて高年を息わしむる所以なり、鄉飲酒の禮に、耆老は饌を異にす、耆耄を優して養老を明らかにする所以なり。故に老いたる者は肉に非ざれば飽かず、帛に非ざれば暖かならず、杖に非ざれば行かず。今五十已上六十に至るまで、子孫と挽輸に服し、並びに繇役に給す、養老の意に非ざるなり。古は大喪有る者は、君三年其の門に呼ばず、其の孝道を通じ、其の哀戚の心を遂げしむるなり。君子の重んじて自ら盡くす所は、其れ惟だ親の喪か。今或いは僵屍するに、衰绖を棄てて戎事に從う、百姓を子とし、孝悌の心に順う所以に非ざるなり。周公は成王を抱きて天下を聽く、恩は海內に塞ち、澤は四表に被る、矧んや惟れ人面、仁を含み德を保つ、其の所を得ざるは靡し。詩に云う、『夙夜命を基して宥密なり』と。陛下は春秋に富み、大臣に委任す、公卿政を輔く、政教未だ均しからず、故に庶人議するなり。/御史默して答えざるなり。
現代語訳
文学が言った。「十九歳以下で死ぬのを殤という。まだ成人でないからだ。二十で冠をつけ、三十で妻を娶り、それで軍務に従える。五十以上を艾老といい、家では杖をつき、労役には従わない。足りないところを助け、高齢者を休ませるためである。郷飲酒の礼では老人には別の膳を出す。老いた者を優遇し、養老の趣旨を明らかにするためだ。だから老人は肉がなければ満腹にならず、絹がなければ暖かくならず、杖がなければ歩けない。ところがいま、五十以上六十に至るまで、子や孫と一緒に荷車を引く仕事に就き、労役にも駆り出されている。老を養う趣旨ではない。昔は近親の喪に服している者の家を、君主は三年のあいだ呼び出さなかった。孝の道を通させ、悲しみの心を遂げさせるためである。君子が重んじて自ら尽くすものは、ただ親の喪であろう。ところがいまは、遺体が倒れているそばで、喪服を脱いで軍務に従う者がいる。民を我が子とし、孝悌の心に従う道ではない。周公は成王を抱いて天下の政を聴いた。恩は国じゅうに満ち、恵みは四方に及んだ。まして人の顔をした者は、仁を含み徳を保ち、居場所を得られない者はいなかった。『詩経』にいう、朝も夜も天命を築いて、深く静かである、と。陛下はお若く、大臣に委任しておられる。公卿が政を補佐している。教化がまだ行き渡らない。だから庶民が議論するのだ」。御史は黙って答えなかった。
解説
この章句が説くこと
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
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『塩鉄論』孝養篇文學曰く、善く養う者は必ずしも芻豢ならず、善く供服する者は必ずしも錦繡ならず。己の有する所を以て盡く其の親に事うるは、孝の至りなり。故に匹夫の勤勞も、猶お以て禮に順うに足り、菽を歠り水を飲むも、以て其の敬を致すに足る。孔子曰く、『今の孝は、是れ能く養うと為す、敬せずんば、何を以て別たんや』と。故に上孝は志を養い、其の次は色を養い、其の次は體を養う。其の禮を貴びて、其の養を貪らず、禮順い心和せば、養備わらずと雖も、可なり。易に曰く、『東鄰の牛を殺すは、西鄰の禴祭に如かざるなり』と。故に富貴にして禮無きは、貧賤の孝悌に如かず。閨門の內に孝を盡くし、閨門の外に悌を盡くし、朋友の道に信を盡くす、三者は、孝の至りなり。家に居りて理まる者は、財を積むを謂うに非ず、親に事えて孝なる者は、鮮肴を謂うに非ず、亦た顏色を和らげ、意を承けて禮義を盡くすのみ。