塩鉄論 / 未通篇
文學曰:「樹木數徙則萎、蟲獸徙居則壞。故『代馬依北風、飛鳥翔故巢』、莫不哀其生。由此觀之、民非利避上公之事而樂流亡也。往者、軍陣數起、用度不足、以訾征賦、常取給見民、田家又被其勞、故不齊出於南畝也。大抵逋流、皆在大家、吏正畏憚、不敢篤責、刻急細民、細民不堪、流亡遠去、中家為之絕出、後亡者為先亡者服事、錄民數創於惡吏、故相仿效、去尤甚而就少愈者多。傳曰:「政寬者民死之、政急者父子離。』是以田地日荒、城郭空虛。夫牧民之道、除其所疾、適其所安、安而不擾、使而不勞、是以百姓勸業而樂公賦。若此、則君無賑於民、民無利於上、上下相讓而頌聲作。故取而民不厭、役而民不苦。靈臺之詩、非或使之、民自為之。若斯、則君何不足之有乎?」
新字:文学曰:「樹木数徙則萎、虫獣徙居則壊。故『代馬依北風、飛鳥翔故巣』、莫不哀其生。由此観之、民非利避上公之事而楽流亡也。往者、軍陣数起、用度不足、以訾征賦、常取給見民、田家又被其労、故不斉出於南畝也。大抵逋流、皆在大家、吏正畏憚、不敢篤責、刻急細民、細民不堪、流亡遠去、中家為之絶出、後亡者為先亡者服事、録民数創於悪吏、故相仿効、去尤甚而就少愈者多。伝曰:「政寛者民死之、政急者父子離。』是以田地日荒、城郭空虚。夫牧民之道、除其所疾、適其所安、安而不擾、使而不労、是以百姓勧業而楽公賦。若此、則君無賑於民、民無利於上、上下相譲而頌声作。故取而民不厭、役而民不苦。霊台之詩、非或使之、民自為之。若斯、則君何不足之有乎?」
書き下し
文學曰く、樹木しばしば徙せば則ち萎え、蟲獸居を徙せば則ち壞る。故に『代馬は北風に依り、飛鳥は故巢に翔る』、其の生を哀しまざる莫し。此に由りて之を觀るに、民は上公の事を避くるを利として流亡を樂しむに非ざるなり。往者、軍陣しばしば起こり、用度足らず、訾を以て賦を征す、常に給を見民に取る、田家は又た其の勞を被る、故に齊しく南畝に出でざるなり。大抵逋流は、皆大家に在り、吏正は畏憚して、敢えて篤く責めず、細民に刻急なり、細民堪えず、流亡して遠く去る、中家は之が為に絕えて出づ、後に亡ぐる者は先に亡げし者の為に服事す、錄民の數は惡吏に創つけらる、故に相い仿效して、尤も甚だしきを去りて少しく愈れるに就く者多し。傳に曰く、『政寬なる者は民之に死し、政急なる者は父子離る』と。是を以て田地日に荒れ、城郭空虛たり。夫れ民を牧するの道は、其の疾む所を除き、其の安んずる所に適う、安んじて擾さず、使いて勞せしめず、是を以て百姓は業を勸めて公賦を樂しむ。此くの若くんば、則ち君は民に賑うこと無く、民は上に利すること無く、上下相い讓りて頌聲作る。故に取りて民厭わず、役して民苦しまず。靈臺の詩は、或るひと之をせしむるに非ず、民自ら之を為すなり。斯くの若くんば、則ち君何の足らざること之れ有らんや。
現代語訳
文学が言った。「樹木は何度も移し植えれば萎え、虫や獣も住処を移せば弱る。だから北方の馬は北風に身を寄せ、飛ぶ鳥は元の巣に帰る。自分の生を惜しまないものはいない。こう見てくると、民は公の務めを避けるのが得だから流亡を楽しんでいるのではない。かつて軍がたびたび起こされ、費用が足りず、財産を基準に賦課したが、実際には目の前にいる民から取り立てた。農家はさらにその労役も負う。だからそろって田に出られないのだ。だいたい逃亡して行方をくらますのは、みな大きな家である。役人は憚って厳しく責められない。そのぶん細民に厳しく当たる。細民は堪えられず、遠くへ流れ去る。中くらいの家もそれで絶えて出ていく。あとから逃げた者は、先に逃げた者の分の務めを背負わされる。戸籍の人数は悪い役人によって傷つけられる。だから互いに真似をして、ひどいところを離れて少しましなところへ移る者が多い。伝にいう、政治が寛やかであれば民はそのために死に、政治が厳しければ父子は離れ離れになる、と。だから田地は日ごとに荒れ、城郭はがらんとする。そもそも民を治める道は、その苦しんでいるものを取り除き、その安んじられるところに合わせることだ。安んじさせて騒がせず、使っても疲れさせない。だから民は生業に励み公の税を喜んで納める。そうなれば君主が民を救う必要はなく、民が上から利を得ることもない。上下が譲り合って、たたえる声が起こる。だから取っても民は嫌がらず、使っても民は苦しまない。霊台の詩にある建築は、誰かにやらされたのではなく、民が自分から行ったのだ。こうであれば、君主にどんな不足があろうか」
解説
この章句が説くこと
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