塩鉄論 / 未通篇
文學曰:「什一而籍、民之力也。豐耗美惡、與民共之。民勤、己不獨衍、民衍、己不獨勤。故曰:『什一者、天下之中正也。』田雖三十、而以頃畝出稅、樂歲粒米狼戾而寡取之、凶年饑饉而必求足。加之以口賦更繇之役、率一人之作、中分其功。農夫悉其所得、或假貸而益之。是以百姓疾耕力作、而饑寒遂及己也。築城者先厚其基而後求其高、畜民者先厚其業而後求其贍。論語曰:『百姓足、君孰與不足乎?』」
新字:文学曰:「什一而籍、民之力也。豊耗美悪、与民共之。民勤、己不独衍、民衍、己不独勤。故曰:『什一者、天下之中正也。』田雖三十、而以頃畝出税、楽歳粒米狼戻而寡取之、凶年饑饉而必求足。加之以口賦更繇之役、率一人之作、中分其功。農夫悉其所得、或仮貸而益之。是以百姓疾耕力作、而饑寒遂及己也。築城者先厚其基而後求其高、畜民者先厚其業而後求其贍。論語曰:『百姓足、君孰与不足乎?』」
書き下し
文學曰く、什一にして籍するは、民の力なり。豐耗美惡、民と之を共にす。民勤むれば、己獨り衍かならず、民衍かなれば、己獨り勤めず。故に曰く、『什一は、天下の中正なり』と。田は三十なりと雖も、而も頃畝を以て稅を出す、樂歲に粒米狼戾たるに之を寡く取り、凶年饑饉なるに必ず足るを求む。之に加うるに口賦更繇の役を以てす、率ね一人の作、中ばにして其の功を分かつ。農夫は其の得る所を悉くし、或いは假貸して之を益す。是を以て百姓は疾く耕し力めて作すに、饑寒遂に己に及ぶなり。城を築く者は、先ず其の基を厚くして後に其の高きを求む、民を畜う者は、先ず其の業を厚くして後に其の贍るを求む。論語に曰く、『百姓足らば、君孰と與にか足らざらんや』と。
現代語訳
文学が言った。「十分の一を税とするのは、民の力に応じたものである。豊作も不作も、良い悪いも、民と共にする。民が苦労すれば自分だけ豊かにはならず、民が豊かなら自分だけ苦労はしない。だからこう言うのだ、十分の一は天下の公正な基準だ、と。いまの税は三十分の一だというが、面積を基準に税を出す。豊作の年で穀物が散らばるほどあるときには少なく取り、凶作の年で飢饉のときにも必ず満額を求める。そこへ人頭税と兵役の代納金が加わる。おおよそ一人の働きの半分を持っていかれる。農夫は得たものを全部差し出し、それでも足りずに借りて足すこともある。だから民は懸命に耕し力を尽くして働いているのに、飢えと寒さが結局は自分に及ぶ。城を築く者は、まず土台を厚くしてから高さを求める。民を養う者は、まず民の生業を厚くしてから納めを求める。『論語』にいう、民が足りていれば、君主は誰とともに足りないというのか、と」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『塩鉄論』未通篇御史曰く、古者は、田を制するに百步を畝と為し、民は井田して耕し、什にして一を籍す。義は公を先にして己を後にす、民臣の職なり。先帝は百姓の愁苦し、衣食足らざるを哀憐して、田を制するに二百四十步にして一畝とし、率ね三十にして一を稅す。墮民の田作を務めずして、饑寒己に及ぶは、固より其の理なり。其れ耕さずして播かんと欲し、種えずして獲んと欲す、鹽・鐵に又た何の過ちかあらん。
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『塩鉄論』力耕篇文學曰く、古者は、十に一を稅とし、澤梁は時を以て入りて禁ずる無く、黎民咸な南畝を被りて其の務めを失わず。故に三年耕して一年の蓄えを余し、九年耕して三年の蓄え有り。此れ禹・湯の水旱に備えて百姓を安んじたる所以なり。草萊辟けず、田疇治まらざれば、山海の財を擅にし、百末の利を通ずと雖も、猶お贍らす能わざるなり。是を以て古者は力を尚び本を務めて種樹繁く、躬ら耕して時に趣きて衣食足り、凶年を累ぬと雖も人病まざるなり。故に衣食は民の本、稼穡は民の務めなり。二者修まれば、則ち國富みて民安んずるなり。詩に云う、『百室盈ち止み、婦子寧んじ止む』と。
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『塩鉄論』未通篇御史曰く、古者は、諸侯強を爭い、戰國並び起こり、甲兵休まず、民は田疇に曠し、什一にして籍するも、其の職に違わず。今陛下の神靈に賴り、甲兵動かざること久し、然れば則ち民は齊しく南畝に出でず、口率を以て墾田を被るも足らず、倉廩を空しくして貧乏を賑わす、侵益日に甚だし、是を以ていよいよ惰りて縣官に利を仰ぐなり。斯の君為る者も亦た病めり、反って身を以て民を勞す、民は猶お恩に背き義を棄てて遠く流亡し、上公の事を避け匿る。民相い仿效して田地日に蕪れ、租賦入らず、縣官に抵扞す。君足らんと欲すと雖も、誰と與にか之れ足らん。
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『塩鉄論』本議篇文學曰く、古者の民に賦稅するや、其の工なる所に因り、拙なる所を求めず。農人は其の獲を納れ、女工は其の功を效す。今は其の有する所を釋て、其の無き所を責む。百姓は貨物を賤賣して、以て上の求に便ず。間者、郡國或いは民をして布絮を作らしむるに、吏は恣に留難し、之と市を爲す。吏の入るる所は、獨り齊・阿の縑、蜀・漢の布のみに非ざるなり、亦た民間の爲す所のみ。奸を行い平を賣り、農民は重ねて苦しみ、女工は再び稅せらる。未だ輸の均しきを見ざるなり。縣官猥りに發し、門を闔じて市を擅にすれば、則ち萬物幷せ收む。萬物幷せ收むれば、則ち物騰躍す。騰躍すれば、則ち商賈は利を侔しくす。自ら市すれば、則ち吏は奸を容る。豪吏富商は貨を積み物を儲えて以て其の急を待ち、輕賈奸吏は賤きを收めて以て貴きを取る。未だ準の平らかなるを見ざるなり。蓋し古の均輸は、勞逸を齊しくして貢輸を便ずる所以にして、以て利を爲して萬物を賈するに非ざるなり、と。
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『塩鉄論』園池篇文學曰く、古者は、地を制して以て民を養うに足り、民は以て其の上を承くるに足る。千乘の國、百里の地、公・侯・伯・子・男、各々其の求めを充たし其の欲を贍す。秦は萬國の地を兼ね、四海の富有るも、意贍らず、宇小にして用菲きに非ず、嗜欲多くして下其の求めに堪えざればなり。語に曰く、『廚に腐肉有りて、國に饑民有り、廄に肥馬有りて、路に餧人有り』と。今狗馬の養い、蟲獸の食は、豈に特だ腐肉肥馬の費のみならんや。無用の官、不急の作、淫侈の變に服し、功無くして縣官に衣食する者眾し、是を以て上足らずして下困乏するなり。今其の本を減除せずして其の末を贍さんと欲す、機利を設け、田畜を造り、百姓と薦草を爭い、商賈と市利を爭う、明主の德を明らかにして國家を相くる所以に非ざるなり。夫れ男は耕し女は績むは、天下の大業なり。故に古者は地を分かちて之に處らしめ、田畝を制して之を事とせしむ。是を以て業に食らわざるの地無く、國に作すに乏しきの民無し。今縣官の多く苑囿・公田・池澤を張るは、公家に鄣假の名有りて、利は權家に歸す。三輔は山・河に迫近し、地狹く人眾く、四方並び湊まる、粟米薪菜、相い贍す能わず。公田は轉た假せられ、桑榆菜果は殖えず、地力盡きず。愚以為えらく非なり、と。先帝の開ける苑囿・池は、賦して之を民に歸し、縣官は租稅するのみなるべし。假と稅と名を殊にするも、其の實は一なり。夫れ是くの如くんば、匹夫の力は、南畝に盡き、匹婦の力は、麻枲に盡きん。田野辟け、麻枲治まれば、則ち上下俱に衍かなり、何の困乏か之れ有らん。/大夫默然として、其の丞相・御史を視る。
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『塩鉄論』未通篇文學曰く、樹木しばしば徙せば則ち萎え、蟲獸居を徙せば則ち壞る。故に『代馬は北風に依り、飛鳥は故巢に翔る』、其の生を哀しまざる莫し。此に由りて之を觀るに、民は上公の事を避くるを利として流亡を樂しむに非ざるなり。往者、軍陣しばしば起こり、用度足らず、訾を以て賦を征す、常に給を見民に取る、田家は又た其の勞を被る、故に齊しく南畝に出でざるなり。大抵逋流は、皆大家に在り、吏正は畏憚して、敢えて篤く責めず、細民に刻急なり、細民堪えず、流亡して遠く去る、中家は之が為に絕えて出づ、後に亡ぐる者は先に亡げし者の為に服事す、錄民の數は惡吏に創つけらる、故に相い仿效して、尤も甚だしきを去りて少しく愈れるに就く者多し。傳に曰く、『政寬なる者は民之に死し、政急なる者は父子離る』と。是を以て田地日に荒れ、城郭空虛たり。夫れ民を牧するの道は、其の疾む所を除き、其の安んずる所に適う、安んじて擾さず、使いて勞せしめず、是を以て百姓は業を勸めて公賦を樂しむ。此くの若くんば、則ち君は民に賑うこと無く、民は上に利すること無く、上下相い讓りて頌聲作る。故に取りて民厭わず、役して民苦しまず。靈臺の詩は、或るひと之をせしむるに非ず、民自ら之を為すなり。斯くの若くんば、則ち君何の足らざること之れ有らんや。