塩鉄論 / 未通篇
御史曰:「古者、制田百步為畝、民井田而耕、什而籍一。義先公而後己、民臣之職也。先帝哀憐百姓之愁苦、衣食不足、制田二百四十步而一畝、率三十而稅一。墮民不務田作、饑寒及己、固其理也。其不耕而欲播、不種而欲獲、鹽、鐵又何過乎?」
新字:御史曰:「古者、制田百歩為畝、民井田而耕、什而籍一。義先公而後己、民臣之職也。先帝哀憐百姓之愁苦、衣食不足、制田二百四十歩而一畝、率三十而税一。堕民不務田作、饑寒及己、固其理也。其不耕而欲播、不種而欲獲、塩、鉄又何過乎?」
書き下し
御史曰く、古者は、田を制するに百步を畝と為し、民は井田して耕し、什にして一を籍す。義は公を先にして己を後にす、民臣の職なり。先帝は百姓の愁苦し、衣食足らざるを哀憐して、田を制するに二百四十步にして一畝とし、率ね三十にして一を稅す。墮民の田作を務めずして、饑寒己に及ぶは、固より其の理なり。其れ耕さずして播かんと欲し、種えずして獲んと欲す、鹽・鐵に又た何の過ちかあらん。
現代語訳
御史が言った。「昔は、田を区切るのに百歩を一畝とし、民は井田の形で耕し、十分の一を税として納めた。義とは公を先にして自分を後にすることであり、それが民や臣の務めである。先帝は民が愁い苦しみ衣食が足りないのを憐れんで、二百四十歩を一畝と定め直し、およそ三十分の一の税とされた。怠け者が耕作に励まず、飢えと寒さが自分に及ぶのは、もとより道理である。耕さずに実らせたいと願い、種を蒔かずに収穫したいと願う。塩鉄にどんな過ちがあるというのか」
解説
税率の数字を出しました。十分の一だったものを三十分の一に下げてある、と。だから困窮しているのは制度のせいではなく、耕さない者のせいだ、という論です。数字としては正しく、しかも先帝の恩恵という形をとっている。ただし文学がここまで挙げてきた負担は、税率ではなく労役、徴発、運送、価格でした。税率だけを取り出せば軽く見える。負担の総額ではなく一項目だけを示す議論の型で、いまも予算や料金の説明でよく見かけます。
この章句が説くこと
三十にして一を税す義は公を先にして己を後にす耕さずして播かんと欲す税負担自己責任
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