塩鉄論 / 輕重篇
御史曰:「周之建國也、蓋千八百諸侯。其後、強吞弱、大兼小、幷為六國。六國連兵結難數百年、內拒敵國、外攘四夷。由此觀之:兵甲不休、戰伐不乏、軍旅外奉、倉庫內實。今以天下之富、海內之財、百郡之貢、非特齊、楚之畜、趙、魏之庫也。計委量入、雖急用之、宜無乏絕之時。顧大農等以術體躬稼、則后稷之烈、軍四出而用不繼、非天之財少也?用針石、調陰陽、均有無、補不足、亦非也?上大夫君與治粟都尉管領大農事、灸刺稽滯、開利百脈、是以萬物流通、而縣官富實。當此之時、四方征暴亂、車甲之費、克獲之賞、以億萬計、皆贍大司農。此者扁鵲之力、而鹽、鐵之福也。」
新字:御史曰:「周之建国也、蓋千八百諸侯。其後、強吞弱、大兼小、幷為六国。六国連兵結難数百年、内拒敵国、外攘四夷。由此観之:兵甲不休、戦伐不乏、軍旅外奉、倉庫内実。今以天下之富、海内之財、百郡之貢、非特斉、楚之畜、趙、魏之庫也。計委量入、雖急用之、宜無乏絶之時。顧大農等以術体躬稼、則后稷之烈、軍四出而用不継、非天之財少也?用針石、調陰陽、均有無、補不足、亦非也?上大夫君与治粟都尉管領大農事、灸刺稽滞、開利百脈、是以万物流通、而県官富実。当此之時、四方征暴乱、車甲之費、克獲之賞、以億万計、皆贍大司農。此者扁鵲之力、而塩、鉄之福也。」
書き下し
御史曰く、周の國を建つるや、蓋し千八百諸侯なり。其の後、強は弱を吞み、大は小を兼ね、幷せて六國と為る。六國は兵を連ね難を結ぶこと數百年、內には敵國を拒ぎ、外には四夷を攘う。此に由りて之を觀るに、兵甲休まず、戰伐乏しからず、軍旅外に奉ぜられ、倉庫內に實つ。今天下の富、海內の財、百郡の貢を以てすれば、特り齊・楚の畜え、趙・魏の庫のみに非ざるなり。委を計り入を量れば、急に之を用うと雖も、宜しく乏絕の時無かるべし。顧うに大農等は術を以て躬ら稼を體すれば、則ち后稷の烈なり、軍四たび出でて用繼がざるは、天の財少なきに非ざるか。針石を用い、陰陽を調え、有無を均しくし、不足を補うも、亦た非なるか。上は大夫君と治粟都尉と大農の事を管領せしめ、稽滯を灸刺し、百脈を開利す、是を以て萬物流通して、縣官富實す。此の時に當たり、四方は暴亂を征す、車甲の費、克獲の賞は、億萬を以て計う、皆大司農に贍らる。此れ扁鵲の力にして、鹽・鐵の福なり。
現代語訳
御史が言った。「周が国を建てたとき、諸侯はおよそ千八百あった。その後、強い者が弱い者を呑み、大きい者が小さい者を併合して、六国にまとまった。六国は兵を連ね争いを結ぶこと数百年、内には敵国を防ぎ、外には四方の異民族を退けた。こう見てくると、武器は休まず戦いは絶えなかったが、軍は外で養われ、倉庫は内で満ちていた。いま天下の富、国じゅうの財、百の郡の貢納をもってすれば、斉や楚の蓄え、趙や魏の倉庫どころではない。蓄えを計り収入を量れば、急いで使ったとしても、欠乏する時などないはずだ。思うに、大農らが技術によって自ら耕作の実務を体していれば、それは后稷の功業である。軍が四方に出て費用が続かないのは、天の産物が少ないからではあるまい。鍼を用い、陰陽を整え、有る無しを均し、足りないところを補うのが、間違いだとでもいうのか。上は大夫君と治粟都尉に大農の事務を統轄させ、滞っているところに灸と鍼を打ち、あらゆる脈を開き通わせた。だから万物は流通し、官は富み充実した。この時期、四方で暴乱を討伐し、車と甲冑の費用、敵を破った者への恩賞は、億万をもって数えるほどだったが、みな大司農が賄った。これは扁鵲の力であり、塩鉄のおかげである」
解説
この章句が説くこと
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