塩鉄論 / 輕重篇
御史曰:「水有猏獺而池魚勞、國有強禦而齊民消。故茂林之下無豐草、大塊之間無美苗。夫理國之道、除穢鋤豪、然後百姓均平、各安其宇。張廷尉論定律令、明法以繩天下、誅奸猾、絕幷兼之徒、而強不淩弱、眾不暴寡。大夫君運籌策、建國用、籠天下鹽、鐵諸利、以排富商大賈、買官贖罪、損有餘、補不足、以齊黎民。是以兵革東西征伐、賦歛不增而用足。夫損益之事、賢者所睹、非眾人之所知也。」
新字:御史曰:「水有猏獺而池魚労、国有強禦而斉民消。故茂林之下無豊草、大塊之間無美苗。夫理国之道、除穢鋤豪、然後百姓均平、各安其宇。張廷尉論定律令、明法以縄天下、誅奸猾、絶幷兼之徒、而強不淩弱、衆不暴寡。大夫君運籌策、建国用、籠天下塩、鉄諸利、以排富商大賈、買官贖罪、損有余、補不足、以斉黎民。是以兵革東西征伐、賦歛不增而用足。夫損益之事、賢者所睹、非衆人之所知也。」
書き下し
御史曰く、水に猏獺有れば池魚勞し、國に強禦有れば齊民消ゆ。故に茂林の下に豐草無く、大塊の間に美苗無し。夫れ國を理むるの道は、穢を除き豪を鋤く、然る後に百姓均平にして、各々其の宇に安んず。張廷尉は律令を論定し、法を明らかにして以て天下を繩し、奸猾を誅し、幷兼の徒を絕ちて、強は弱を凌がず、眾は寡を暴せず。大夫君は籌策を運らし、國用を建て、天下の鹽・鐵の諸利を籠し、以て富商大賈の官を買い罪を贖うを排し、餘り有るを損じて、足らざるを補い、以て黎民を齊しくす。是を以て兵革は東西に征伐するも、賦斂増さずして用足る。夫れ損益の事は、賢者の睹る所にして、眾人の知る所に非ざるなり。
現代語訳
御史が言った。「水にかわうそがいれば池の魚は苦しみ、国に横暴な者がいれば普通の民は消えていく。だから茂った林の下に豊かな草は生えず、大きな土くれのあいだに良い苗は育たない。そもそも国を治める道は、汚れを除き、突出した者を鋤き取ることだ。そうしてはじめて民は均しく平らかになり、それぞれ自分の住まいに安んじる。張廷尉は律令を整理して定め、法を明らかにして天下を律し、悪知恵の働く者を誅し、併呑する輩を絶った。だから強者は弱者を踏みつけず、多数は少数を虐げなくなった。大夫君は計画をめぐらせ、国の財政を立て、天下の塩鉄の諸利を一元化し、それによって富商大賈が官職を買い罪を金で贖うのを排し、余っているところを削って足りないところを補い、民を均した。だから軍が東西に遠征しても、取り立てを増やさずに費用が足りている。そもそも増減の按配は賢者の見るところであって、多くの人の知るところではない」
解説
この章句が説くこと
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、

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