塩鉄論 / 刺復篇
大夫繆然不言、蓋賢良長嘆息焉。御史進曰:「太公相文、武以王天下、管仲相桓公以霸諸侯。故賢者得位、猶龍得水、騰蛇遊霧也。公孫丞相以春秋說先帝、遽即三公、處周、邵之列、據萬里之勢、為天下準繩、衣不重彩、食不兼味、以先天下、而無益於治。博士褚泰、徐偃等、承明詔、建節馳傳、巡省郡國、舉孝、廉、勸元元、而流俗不改。招舉賢良、方正、文學之士、超遷官爵、或至卿大夫、非燕昭之薦士、文王之廣賢也?然而未睹功業所成。殆非龍蛇之才、而鹿鳴之所樂賢也。」
新字:大夫繆然不言、蓋賢良長嘆息焉。御史進曰:「太公相文、武以王天下、管仲相桓公以覇諸侯。故賢者得位、猶竜得水、騰蛇遊霧也。公孫丞相以春秋説先帝、遽即三公、処周、邵之列、拠万里之勢、為天下準縄、衣不重彩、食不兼味、以先天下、而無益於治。博士褚泰、徐偃等、承明詔、建節馳伝、巡省郡国、舉孝、廉、勧元元、而流俗不改。招舉賢良、方正、文学之士、超遷官爵、或至卿大夫、非燕昭之薦士、文王之広賢也?然而未睹功業所成。殆非竜蛇之才、而鹿鳴之所楽賢也。」
書き下し
大夫繆然として言わず、蓋し賢良長く嘆息す。御史進みて曰く、太公は文・武を相けて以て天下に王たり、管仲は桓公を相けて以て諸侯に霸たり。故に賢者位を得るは、猶お龍の水を得、騰蛇の霧に遊ぶがごときなり。公孫丞相は春秋を以て先帝に說き、遽かに三公に即き、周・邵の列に處り、萬里の勢に據り、天下の準繩と為り、衣は彩を重ねず、食は味を兼ねず、以て天下に先んず、而も治に益無し。博士の褚泰・徐偃等は、明詔を承け、節を建て傳を馳せ、郡國を巡省し、孝・廉を舉げ、元元を勸む、而も流俗改まらず。賢良・方正・文學の士を招き舉げ、官爵を超遷し、或いは卿大夫に至る、燕昭の士を薦むる、文王の賢を廣むるに非ずや。然り而して未だ功業の成る所を睹ず。殆ど龍蛇の才に非ずして、鹿鳴の賢を樂しむ所ならんか。
現代語訳
大夫は黙り込んで何も言わず、賢良は長いため息をついた。御史が進み出て言った。「太公望は文王・武王を助けて天下に王たらしめ、管仲は桓公を助けて諸侯の覇者とした。だから賢者が位を得るのは、龍が水を得、飛ぶ蛇が霧の中を行くようなものだ。公孫丞相は『春秋』の学で先帝に説き、たちまち三公に昇り、周公・召公の列に並び、万里に及ぶ権勢に拠り、天下の基準となった。衣は色を重ねず、食は味を兼ねず、率先して質素に暮らした。それでいて治世には益がなかった。博士の褚泰・徐偃らは明らかな詔を受け、使者の割り符を立てて駅伝を馳せ、諸郡国を巡察し、孝行者と清廉な者を挙げ、民を励ました。それでも世の風俗は改まらなかった。賢良・方正・文学の士を招き挙げ、官爵を飛び越えて昇進させ、卿大夫に至った者もある。これが燕の昭王が士を薦めたこと、文王が賢者を広く求めたことでなくて何であろうか。それでいて、功業の成った例をまだ見ない。おそらく龍や蛇のような才ではなく、鹿鳴の詩が歓待する賢者でもないのだろう」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・子張篇叔孫武叔、仲尼を毀る。子貢曰く、「以て為すこと無かれ。仲尼は毀る可からざるなり。他人の賢者は、丘陵なり、猶お踰ゆ可きなり。仲尼は、日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖も、其れ何ぞ日月を傷らんや。多だ其の量を知らざるを見るなり。」
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『塩鉄論』崇禮篇大夫曰く、晏子は齊の三君に相たり、崔・慶は無道にして、其の君を劫かし、其の國を亂す。靈公は國圍まれ、莊公は弒せられて死し、景公の時、晉人來たり攻め、垂都を取り、臨菑を舉げ、邊邑は削られ、城郭は焚かれ、宮室は隳たれ、寶器は盡く。何の沖をか能く折く所ぞ。此に由りて之を觀れば、賢良の言う所、賢人を寶と為すとは、則ち損益に輕重無きなり。
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『塩鉄論』論儒篇御史曰く、文學は仲尼を祖述し、其の德を稱誦して、以為えらく古より今に及ぶまで、未だ之れ有らざるなり、と。然れども孔子は道を魯・衛の間に修め、教化を洙・泗の上にするも、弟子は變を為さず、當世は治を為さず、魯國の削らるること滋々甚だし。齊の宣王は儒を褒め學を尊び、孟軻・淳于髡の徒は、上大夫の祿を受け、職に任ぜずして國事を論ず、蓋し齊の稷下の先生は千有餘人なり。此の時に當たりて、一の公孫弘のみに非ざるなり。弱燕齊を攻め、長驅して臨淄に至り、湣王遁逃して、莒に死して救う能わず、王建は秦に禽にせられ、之と俱に虜となりて存する能わず。此くの若くんば、儒者の國を安んじ君を尊ぶは、未だ始めより效有らざるなり。
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『塩鉄論』非鞅篇大夫曰く、淑好の人は、戚施の妒む所なり、賢知の士は、闒茸の惡む所なり。是を以て上官大夫は屈原を頃襄に短じ、公伯寮は子路を季孫に愬う。夫れ商君は布衣より起こり、魏より秦に入り、期年にして之に相たり、法を革め教を明らかにして、秦人大いに治まる。故に兵動けば地割け、兵休すれば國富む。孝公大いに說び、之を於・商の地方五百里に封ず、功は丘山の如く、名は後世に傳わる。世人は為す能わず、是を以て相い與に其の能を嫉みて其の功を疵とするなり。
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『韓非子』難言第三捷敏辯給にして、文采に繁ければ
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『韓非子』和氏第十三楚、呉起を用いずして削亂し、秦、商君の法を行いて富強なり。二子の言なるや巳に當れり。