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塩鉄論 / 復古篇

文學曰:「燕雀離巢宇而有鷹隼之憂、坎井之蛙離其居而有蛇鼠之患、況翺翔千仞而遊四海乎?其禍必大矣!此李斯所以折翼、而趙高沒淵也。聞文、武受命、伐不義以安諸侯大夫、未聞弊諸夏以役夷、狄也。昔秦常舉天下之力以事胡、越、竭天下之財以奉其用、然眾不能畢、而以百萬之師、為一夫之任、此天下共聞也。且數戰則民勞、久師則兵弊、此百姓所疾苦、而拘儒之所憂也。」

新字:文学曰:「燕雀離巣宇而有鷹隼之憂、坎井之蛙離其居而有蛇鼠之患、況翺翔千仞而遊四海乎?其禍必大矣!此李斯所以折翼、而趙高没淵也。聞文、武受命、伐不義以安諸侯大夫、未聞弊諸夏以役夷、狄也。昔秦常舉天下之力以事胡、越、竭天下之財以奉其用、然眾不能畢、而以百万之師、為一夫之任、此天下共聞也。且数戦則民労、久師則兵弊、此百姓所疾苦、而拘儒之所憂也。」

書き下し

文學曰く、燕雀は巢宇を離るれば鷹隼の憂い有り、坎井の蛙は其の居を離るれば蛇鼠の患い有り、況んや千仞に翺翔して四海に遊ぶをや。其の禍い必ず大ならん。此れ李斯の翼を折る所以にして、趙高の淵に沒する所以なり。聞くならく、文・武は命を受け、不義を伐ちて以て諸侯大夫を安んず、と、未だ諸夏を弊れしめて以て夷・狄を役すと聞かざるなり。昔秦は常に天下の力を舉げて以て胡・越に事え、天下の財を竭くして以て其の用に奉ず、然れども眾は畢うる能わずして、百萬の師を以て、一夫の任を為す、此れ天下の共に聞く所なり。且つしばしば戰えば則ち民勞し、久しく師すれば則ち兵弊る、此れ百姓の疾苦する所にして、拘儒の憂うる所なり。

現代語訳

文学が言った。「燕や雀も巣を離れれば鷹や隼に襲われる憂いがあり、涸れ井戸の蛙もそこを出れば蛇や鼠に食われる心配がある。まして千仞の高さを飛び回り四海に遊ぼうとすればなおさらだ。その禍いはきっと大きい。李斯が翼を折られ、趙高が淵に沈んだのはそのためだ。文王・武王は天命を受けて不義を討ち、諸侯や大夫を安んじたと聞いている。中国じゅうを疲弊させて異民族を使役したとは聞いていない。昔、秦はいつも天下の力を挙げて匈奴や越を相手にし、天下の財を使い果たしてその費用に充てた。それでも大勢を投じて片づかず、百万の軍でたった一人分の仕事をしているようなものだった。これは天下の誰もが知っていることだ。そもそも戦いを重ねれば民は疲れ、遠征が長引けば軍は傷む。これこそ民が苦しんでいることであり、融通のきかない儒者が心配していることだ」

解説

「井の中の蛙」と言われたのを、そのまま受けて返しました。井戸を出た蛙は蛇に食われる、高く飛べば飛ぶほど禍いは大きい、と。身の丈を超えた事業への警告です。そして李斯と趙高——秦で最も高く昇った二人の末路を挙げる。挑発への応答としてはこれ以上ないほど的確です。後半は数字の議論で、百万の軍を投じて一人分の成果しか出ていない、戦いを重ねれば民が疲れ長引けば軍が傷む、と。壮大な目標そのものを否定するのではなく、費用対効果と持続可能性を問うています。

この章句が説くこと

しばしば戦えば民労し久しく師すれば兵弊る百万の師を以て一夫の任を為す巣を離るれば鷹隼の憂い有り身の丈消耗長期視点

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