淮南子 / 要略
若劉氏之書,觀天地之象,通古今之事,權事而立制,度形而施宜,原道之心,合三王之風,以儲與扈冶。玄眇之中,精搖靡覽,棄其畛挈,斟其淑靜,以統天下,理萬物,應變化,通殊類,非循一跡之路,守一隅之指,拘系牽連之物,而不與世推移也。故置之尋常而不塞,布之天下而不窕。
新字:若劉氏之書,観天地之象,通古今之事,権事而立制,度形而施宜,原道之心,合三王之風,以儲与扈冶。玄眇之中,精揺靡覧,棄其畛挈,斟其淑静,以統天下,理万物,応変化,通殊類,非循一跡之路,守一隅之指,拘系牽連之物,而不与世推移也。故置之尋常而不塞,布之天下而不窕。
書き下し
劉氏の書の若きは、天地の象を觀、古今の事に通じ、事を權りて制を立て、形を度りて宜しきを施し、道の心を原ね、三王の風を合わせて、以て儲與扈冶す。玄眇の中、精搖靡覽して、其の畛挈を棄て、其の淑靜を斟み、以て天下を統べ、萬物を理め、變化に應じ、殊類に通ず。一跡の路に循い、一隅の指を守り、牽連の物に拘系せられて、世と推移せざるに非ざるなり。故に之を尋常に置きて塞がらず、之を天下に布きて窕からず。
現代語訳
劉氏のこの書は、天地のかたちを観、古今の事に通じ、事を量って制を立て、形を測ってふさわしいものを施し、道の心をもとから尋ね、三王の気風を合わせて、ゆったりと練り上げたものである。奥深く微かなところで、精をゆらし見渡し、境目や区切りを捨て、澄んで静かなところを汲み取って、天下を統べ、万物を整え、変化に応じ、異なる種類のものに通じる。一つの足跡の道をたどり、一つの隅の指し示すところを守り、絡みつくものに縛られて、世とともに移っていけない——そういうものではない。だから、日常のわずかな場に置いても塞がらず、天下に広げても隙間ができない。
解説
この章句が説くこと
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