淮南子 / 人間訓
單豹倍世離俗,巖居谷飲,不衣絲麻,不食五穀,行年七十,猶有童子之顏色,卒而遇飢虎,殺而食之。張毅好恭,過宮室廊廟必趨,見門閭聚眾必下,冢徒馬圉,皆與伉禮,然不終其壽,內熱而死。豹養其內而虎食其外,毅修其外而疾攻其內。故直意適情,則堅強賊之;以身役物,則陰陽食之。此皆載務而戲乎其調者也。得道之士,外化而內不化。外化,所以入人也;內不化,所以全其身也。故內有一定之操,而外能詘伸、贏縮、卷舒,與物推移,故萬舉而不陷。所以貴聖人者,以其能龍變也。
新字:単豹倍世離俗,巖居谷飲,不衣糸麻,不食五穀,行年七十,猶有童子之顔色,卒而遇飢虎,殺而食之。張毅好恭,過宮室廊廟必趨,見門閭聚衆必下,冢徒馬圉,皆与伉礼,然不終其寿,内熱而死。豹養其内而虎食其外,毅修其外而疾攻其内。故直意適情,則堅強賊之;以身役物,則陰陽食之。此皆載務而戯乎其調者也。得道之士,外化而内不化。外化,所以入人也;内不化,所以全其身也。故内有一定之操,而外能詘伸、贏縮、巻舒,与物推移,故万舉而不陥。所以貴聖人者,以其能竜変也。
書き下し
單豹 世に倍き俗を離れ、巖に居り谷に飲み、絲麻を衣ず、五穀を食らわず。行年七十にして、猶お童子の顏色有り。卒かに飢虎に遇い、殺して之を食らわる。張毅 恭を好み、宮室廊廟を過ぐれば必ず趨り、門閭 眾を聚むるを見れば必ず下る。冢徒 馬圉も、皆な與に伉禮す。然れども其の壽を終えず、內熱して死す。豹は其の內を養いて虎 其の外を食らい、毅は其の外を修めて疾 其の內を攻む。故に意を直くし情に適えば、則ち堅強 之を賊い、身を以て物に役せば、則ち陰陽 之を食む。此れ皆な務めを載せて其の調に戲るる者なり。道を得るの士は、外は化して內は化せず。外 化するは、人に入る所以なり。內 化せざるは、其の身を全うする所以なり。故に內に一定の操有りて、外は能く詘伸・贏縮・卷舒し、物と推移す。故に萬舉して陷らず。聖人を貴ぶ所以の者は、其の能く龍變するを以てなり。
現代語訳
単豹は世に背いて俗を離れ、岩場に住んで谷の水を飲み、絹も麻も着ず、五穀も食べなかった。七十になっても、まだ子どものような顔色をしていた。ところが不意に飢えた虎に出会い、殺されて食われた。張毅は恭しさを好み、宮殿や廟の前を通れば必ず小走りになり、門のあたりに人が集まっているのを見れば必ず車を降りた。墓守にも馬飼いにも、みな対等の礼で接した。それでも寿命を全うせず、内に熱がこもって死んだ。単豹は内を養って外を虎に食われ、張毅は外を修めて内を病に攻められた。心を素直に伸ばして情のままにすれば、堅く強いものがこれを損ない、身を物事に使われれば、陰陽がこれを食う。どちらも、務めを背負いながらその釣り合いを戯れにした者である。道を得た士は、外は変わって内は変わらない。外が変わるのは、人の中に入っていくためである。内が変わらないのは、身を全うするためである。だから内に定まった操を持ち、外は屈伸し、伸び縮みし、巻き広げて、物とともに移っていく。だから何度事を起こしても陥らない。聖人が貴ばれるのは、龍のように変じられるからである。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻二亦云く、世俗の礼にも人の見ざる処、あるひは暗室の中なれども、衣服等をきかゆる時も、亦坐臥する時にも、放逸に隠処なんどをも蔵くさす無礼なるをば、天に慚ぢず鬼に慚ぢずとてそしるなり、只た人の見る時と同じく、かくすべき処をもかくし、はづべきことをもはづるなり、仏法の中も亦戒律かくのごとし、然あれば道者は内外を論ぜす、明暗を択はず、仏制を心に存して、人の見ず知らざればとて、悪事を行すべからざるなり、
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