淮南子 / 要略
申子者,朝昭厘之佐,韓、晉別國也。地墽民險,而介於大國之間,晉國之故禮未滅,韓國之新法重出,先君之令未收,後君之令又下,新故相反,前後相繆,百官背亂,不知所用。故刑名之書生焉。
新字:申子者,朝昭厘之佐,韓、晋別国也。地墽民険,而介於大国之間,晋国之故礼未滅,韓国之新法重出,先君之令未収,後君之令又下,新故相反,前後相繆,百官背乱,不知所用。故刑名之書生焉。
書き下し
申子なる者は、昭厘に朝するの佐なり。韓は、晉の別國なり。地 墽く民 險にして、大國の間に介まる。晉國の故禮 未だ滅びず、韓國の新法 重ねて出づ。先君の令 未だ收められず、後君の令 又た下る。新故 相い反し、前後 相い繆り、百官 背亂して、用うる所を知らず。故に刑名の書 生ず。
現代語訳
申不害は、昭厘侯の朝廷に仕えた補佐である。韓は晋から分かれた国である。土地は痩せ民は険しく、大国のあいだに挟まれていた。晋国の古い礼はまだ消えず、韓国の新しい法が重ねて出された。先代の君の令はまだ回収されず、後の君の令がまた下る。新旧が食い違い、前後が入り組み、百官は混乱して、何に従えばよいか分からなくなった。だから刑名の書が生まれた。
解説
申不害の刑名の学が生まれた事情が、実に生々しい。古い礼が残ったまま新しい法が重ねられ、前の令が撤回されないまま次の令が下る。役人は何に従えばいいのか分からない。名と実を突き合わせるという発想は、この混乱への処置として出てきました。名と実を突き合わせる発想は、この混乱への処置として出てきました。前の令が撤回されないまま次の令が下る、という状況です。
この章句が説くこと
申子なる者は昭厘に朝するの佐なり韓は晉の別国なり申子なる者は昭厘に朝するの佐なり韓は晋の別国なり地墽く民険にして大国の間に介まる晉国の故礼未だ滅びず韓国の新法重ねて出づ晋国の故礼未だ滅びず韓国の新法重ねて出づ先君の令未だ収められず後君の令又た下る
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