淮南子 / 要略
文王之時,紂為天子,賦斂無度,殺戮無止,康梁沉湎,宮中成市,作為炮烙之刑,刳諫者,剔孕婦,天下同心而苦之。文王四世累善,修德行義,處岐周之間,地方不過百里,天下二垂歸之。文王欲以卑弱制強暴,以為天下去殘除賊而成王道,故太公之謀生焉。
新字:文王之時,紂為天子,賦斂無度,殺戮無止,康梁沈湎,宮中成市,作為炮烙之刑,刳諫者,剔孕婦,天下同心而苦之。文王四世累善,修徳行義,処岐周之間,地方不過百里,天下二垂帰之。文王欲以卑弱制強暴,以為天下去残除賊而成王道,故太公之謀生焉。
書き下し
文王の時、紂 天子と爲り、賦斂 度無く、殺戮 止む無し。康梁沉湎、宮中 市を成す。炮烙の刑を作爲し、諫むる者を刳き、孕婦を剔く。天下 心を同じくして之に苦しむ。文王 四世 善を累ね、德を修め義を行い、岐周の間に處る。地 方 百里に過ぎざるも、天下の二垂 之に歸す。文王 卑弱を以て強暴を制し、以て天下の爲に殘を去り賊を除きて王道を成さんと欲す。故に太公の謀 生ず。
現代語訳
文王の時代、紂が天子であり、取り立てには限度がなく、殺戮はやまなかった。酒色に溺れ、宮中は市場のようになった。炮烙の刑を作り、諫める者の腹を裂き、身重の女の腹を割いた。天下は心を一つにしてこれに苦しんだ。文王は四代にわたって善を積み、徳を修め義を行い、岐周のあたりにいた。領土は百里に過ぎなかったが、天下の三分の二が帰服した。文王は、弱い立場のままで強暴を制し、天下のために残虐を除き賊を取り去って王道を成そうとした。だから太公望の謀が生まれた。
解説
要略の最後は、諸子の学がなぜ生まれたかの説明にあてられます。太公望の兵謀が生まれた理由は、文王が「卑弱を以て強暴を制し」ようとしたから。弱い側が強い側を制するという条件が、あの謀を必要としました。学問や思想を、それが求められた状況から説き起こす見方です。学問や思想を、それが求められた状況から説き起こす見方です。弱い側が強い側を制するという条件が、あの謀を生みました。
この章句が説くこと
文王の時紂天子と為り賦斂度無く殺戮止む無し炮烙の刑を作為し諫むる者を刳き孕婦を剔く天下心を同じくして之に苦しむ文王四世善を累ね徳を修め義を行い岐周の間に処る地方百里に過ぎざるも天下の二垂之に帰す文王卑弱を以て強暴を制せんと欲す故に太公の謀生ず起源
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