淮南子 / 要略
凡屬書者,所以窺道開塞,庶後世使知舉錯取捨之宜適,外與物接而不眩,內有以處神養氣,宴煬至和,而己自樂所受乎天地者也。
新字:凡属書者,所以窺道開塞,庶後世使知舉錯取捨之宜適,外与物接而不眩,内有以処神養気,宴煬至和,而己自楽所受乎天地者也。
書き下し
凡そ書を屬する者は、道の開塞を窺い、庶わくは後世をして舉錯取捨の宜適を知らしめ、外は物と接して眩わず、內は以て神を處らしめ氣を養い、至和を宴煬して、己 自ら天地に受くる所の者を樂しましむる所以なり。
現代語訳
およそ書物を編むのは、道の開くところ塞がるところを見きわめ、願わくは後の世の人に、取ると捨てる、置くと動かすの適切さを知らせ、外では物に触れても目がくらまず、内では神を落ち着かせ気を養い、至上の調和をゆったりと温めて、天地から受け取ったものを自ら楽しめるようにするためである。
解説
書物を作る目的が、一文で述べられます。外に向けては「物と接して眩わず」——刺激に振り回されないこと。内に向けては「神を處らしめ氣を養い」。そして最後は「己 自ら天地に受くる所の者を樂しましむる」。何かを成し遂げさせるためではなく、受け取っているものを楽しめるようにするため、と書かれています。受け取っているものを楽しめるように、と書かれているのが要点です。
この章句が説くこと
凡そ書を属する者は道の開塞を窺う庶わくは後世をして舉錯取捨の宜適を知らしむ外は物と接して眩わず内は以て神を処らしめ気を養い至和を宴煬す己自ら天地に受くる所の者を楽しましむる所以なり目的
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